正しかった日本の年功序列システム


不平を叫ぶ大卒者
大学卒業生が会社に入ってくると、「実力も無いのに年齢が高いと言うだけで給与が高いのはおかしい」と文句をいう者が大勢います。しかしその恩恵を最大限に受けてきたのが大学生ではないですか。高卒の私にとっては、贈与税も払わずに親から学費と言う贈与を受け、更にその恩恵は「仕事も出来ないのに我々より高い給与」という形で現れる。これをおかしいとは思わないのですか。目立った活躍も出来ない中高年が高い給与をもらう。一見おかしいと思うが。その給与で「実力も無いのに年齢が高いと言うだけで給与が高いのはおかしい」と不平を並べる君たちを大学へ通わせることが出来たのです。
賢い経営者側は「そうだそうだ」とさも理解した様に見せかけ、実力主義を実施する。経営者側が、何の理由もなく実力主義を取り入れる分けかない。実力主義に見せかけた、賃金抑制である。大卒者が不平を述べるその理由を利用して、昔低賃金で使われていた事に対する報酬を今受取ろうとする中高年の賃金を抑制した。まんまと会社側は支払うべき報酬を支払わないで済むのである。また、一人のボーナスを倍にして、残り9人のボーナスを下げる事である。私は言いたい。今若い大卒者もいずれ中高年になって、その安いボーナスを受け取る側になってしまうのである。実力は比較の問題である。実力社会において、10人いれば実力のある人は一人である。残り9人は仕事の成果に関係なく実力が無いと判断される。大将はあくまで一人である。・・・・・「実力主義」心の中ではそう思っているが、自分を含め、実力のある者などほとんどいない。小さな知恵の寄せ集めが大きな成果を呼び「その成果は俺の成果だと一人占めしたい者」が叫ぶだけである。


横道編
大卒って何なの。彼らが入って来たので、事務所の模様替えをした。机の上に10キロくらいの卓上コピー機が置いてあった。このコピー機を移動するよう、新人に指示した。彼は一生懸命押して移動させようとするのである。ついに「このコピー機動きません」と根を上げた。私は可笑しくなつた。私はひょいと持ち上げてずらした。その時の驚いた様子が今も可笑しい。
私がよくヨットで行った与那国島。ここの小学校でプロジェクターの台の上にテレビを上げ、これが倒れたため小学生が下敷きとなり、死亡した。軽量のプロジェクターと子供が死ぬほどの重みのあるテレビ。私なら考えなくとも直感で危険だと思ってしまう。大卒者によるこんな事は枚挙にいとまがない。生活感が全く無いのである。こんな者が「実力主義」を叫ぶのである。・・・・???

賃金の男女平等
男女平等と叫ぶ、それはいいだろう。しかし給与も男女平等にしろという。果たして、今まで男性の給与が高かった事が不平等なのか。昔は、男性の給与が高く女性の給与は一段低かった。当然男性の給与が高くて当然であった。だが女性でもきつい仕事をやり遂げる女性は、それなりの給与をもらっていた。男女平等を声高に騒ぐ女性は、その実力も無く、男性と互角に渡り合えないのに、ただ平等の名の元に実力以上の給与を受け取ろうとしているにすぎない様に思う。男社会と今まで叫んで非難していたが、男社会のどこが悪いのか。それは実力で勝ち取ったものである。女性も仕事が出来ないのに、給与の男女平等を叫ぶ。これこそ不公平ではないのか。
・・・・・実力とは「頭脳と腕力の集合体」である。女性に実力があるとは思えない。
会社側は、これを利用して金をもうけようとたくらむ。即ち労働力としての利用であり、家庭生活を破壊する行為と引き換えに富を得るのである。その富を得るのは働く女性ではない。使う側、即ち資本家側が富を得、女性は多くの犠牲(家庭を壊す)と引き換えにわずかに増えた賃金を得る事になる。
給与の高い低いは相対的なものである。女性の給与が上がったという事は、男性の給与が下がったという事である。即ち、女性の給与が上がる事により、当然物価も上昇する。
家庭生活において、お父さんの給与が下がるという事は、子供たちに大きな影響を及ぼす。即ち女の子は、奇麗な服を着れなくなると言う事である。女の子も女性である。自分が、父親、即ち男性の給与が高い事の恩恵を受けて育った女性が、男女の賃金格差を非難するのである。私は言いたい「お父さんの給与、安い方がよかった。女性の給与を上げるべきだった」と女の子は主張するのか。
(2020年12月22日追加:父親の賃金が下がったばかりに、大学へ行く学費が払えない。必然的に学資ローンなどという高利貸しに騙され、無理やり学校へ行って一生借金で苦しむ。・・・・・それでいいんですか)

横道編
昔は、男の方が給与が高かったので、結婚して無駄を省けば夫だけの給与で生活で来たのである。これが女性にとって悪いことなのか。私は、一部の働く女性のためだけに利用されていると言いたい。私の会社のたった一人の女子従業員も「女性より夫の給与が高い方が良い」とのたまっている。やはり夫の給与が安かったので、給与の高い彼女が子育てに入ると大変だったろう。


私 事
年功序列はおかしい、実力主義で行くべきだと超え高に叫ぶ。私は高卒で気ままな会社生活を送って来た。ディラーへ出向し、2年死に物狂いで働いて、1~2年本社でのんびりと、女子社員でもできる仕事をし、再び問題山積みの赤字ディラーへ出向する。このパターンの繰り返しである。そのため、社内資格の昇格も、ディラーでの実績だけである。私のやり方は「抵抗の無いように、少しずつ良くする」ではない。私の持論は「1歩進んで2歩下がる」、「クレームから逃げれば、更に噛みつかれる」(クレームが多く、先輩のクレームで次々社員が辞める)これが持論である。即ち時間をかけると更に悪くなるという事である。抵抗を避けるため、徐々に改善するのではなく、一挙に体制を変えてしまうのである。
私は在職中、本社での暇な時間を利用して、従業員一人の不動産会社を立ち上げ、一応成功を収め、退職後はその会社から給与と地代をもらい、ヨットと広い家庭菜園で百姓をして遊んでいる。「俺が野菜を作って食べさせるから、お前は金を稼げ」と常々たった一人の従業員に言っている。「物を作らない人間は評価しない」も私の自論である。バツイチの息子と二人、百姓仕事に励んでいる。誰か嫁に来てくれ。ただし酒乱の嫁はこりた。

ディラーへ出向して失敗した人間が大勢いる。しかし、仕事に萎縮しない様にと「ディラーでの失敗は許す」と言うのが、暗黙のルールらしい。こんな人間が、結構本社にいて、全国のディラーの営業指導を行う。・・・・・おかしくありませんか。成功する分けがない。成功しなかった。失敗した人間は戦う方法を知らない。だから失敗したのである。彼らは他社と戦わず隙間、隙間を探し出し、無競争で受注を得る方向に走った。隙間などたかが知れている。いつか全て埋まってしまう。その結果正面から戦うノウハウを失い、せっかく一部上場会社になったにもかかわらず、バブルの倒壊と共に、銀行から、関係のない借金まで山積みにされて、身売りさせられてしまった。
なぜ、出向したディラーでことごとく成功させた私を、本社経営陣は有効利用しなかったのか。自分で会社を興し成功させた私を利用しなかったのか、残念でならない。「競争力を失うから、給与をディラーに近づけろ」即ち、給与を下げるべきだと言っていたのが響き、悪い評判を立てられたか。
多分私が高卒だったせいでもあろし、出世欲がないので、本社に人脈を作らなかったことも大きな原因であろう。「人脈作り」高卒にとっては一番苦手なジャンルだろう。ついに平社員のままで会社を退職した。退職の日、人事で「定年は63歳になったのではありませんか」ととぼけたが、やっぱりだめだった。自分の会社もあるので、失業保険一回ももらわずにサラリーマン生活を終えた。


年功序列
私は、子供の頃よくケンカをした。勝つ極意は、相手の土俵で相撲をとらない。即ち自分に有利な地の利で戦う事である。
昨今の日本では国際化、国際標準等と声高に叫ぶやからが多い。それはそれで正しいだろう。日本の市場はおかしい、国際化していない等と言えばすぐ同意してしまう。私の時代の者からいわせれば西洋かぶれである。表面は国際化でも、内容は年功序列。それでいいではないか。それが自分の土俵で戦うという事である。
年功序列制度をまるで実力主義ではない様に主張する者がいる。それはそれで一部だけ正しい。なぜ一部だけかと言うと、実力もないのに、年功だけで出世できる分けではない。簡単に言えば同年代の代表だけが出世するのである。従って私のように平社員のまま定年を迎えるのがほとんどである。
年功序列による出世は二通りある。まず「実力がある」、ガンガン仕事をし、部下を引っ張って行く。もう一方は「部下をまとめる能力」がある。この二種類である。しかし実力があるタイプは関心しない。一人の力などたかがしれている。そのため部下に自分と同じ実力を求める。有名になった電通の古田秀雄社長の「鬼十則」である。社員を自殺に追い込んだ電通の遺訓である。電通に言いたい。「鬼十則」を実行したら全員社長にしてくれるのか。できる分けがない。過酷な労働の代償は、自殺に追い込まれただけだった。上司が「仕事大変だろうが頑張って」と優しい言葉をかけてやれなかったのか。そういう上司が後者のタイプである。ガンガンやるタイプは結局部下を潰してしまうのである。(何故潰すのかのちほど)。一方人をまとめるタイプの上司は自分の実力の限界を心得ており、部下の意見を採り上げて実績を上げるタイプである。
私は子供の頃騎馬戦の猛者であった。勝つ秘訣は、強い者が馬になり、弱い物を乗せるのである。馬が弱ければ結局潰されるからである。(当時の騎馬戦は、鉢巻き取りではなく、乗り手を落とす事であり、そのため体当たりで次々と馬を潰し、それは勇壮な物であった)
上司が活躍するのではなく。部下が神輿(上司)を担ぐのである。私は新人の頃よく上司から「自分が仕事をしてもたいした事はない。それよりも部下を遊ばせない様にする事である」と教えこまれた。要するに自分がいくら頑張っても、部下が遊んでいては、そちらの方が損害が多いという事である。


力主義の弊害
実力主義は、人件費削減という不純な動機から採用された。即ち考えの浅さを利用された分けである事は、前記した。私は平で一生を終えたが、部下が課長になり、今までの課長が部下になってしまった人を何人か知っている。降格させられた課長は確かに実力が無い。「出世しない様に部下を蹴落とす実力が無かった」と言いたい。即ち部下に仕事を教えるから下克上が起きるのである。下克上で課長になった者、それが自分なら、部下に仕事は教えない。「なんでこんなことも出来ないんだ、しっかりやれ」と部長に声がとどくように発破をかける。ようするに部下を指導しているように見せかけるのである。これが下克上を起こさせない秘訣である。
この様な事は、日本人が世界に誇る「和の団結心」を大いに損ねてしまう。下克上の危険がある部下の発想は徹底的に潰してしまう。こんな事でいいのか。会社では勝者でも、会社の実力は落ち、外国との競争では破れてしまう事だろう。
若くして出世してしまう者も可哀そうである。営業成績がよいからと出世しても、人生の何たるかを知らない若者が部下を率いて行くのは難しい。そのような上司では、部下も積極的に足をひっぱり、結局潰れてゆくのが大半である。
又、若くして出世する者が多い会社は、学生にとっては魅力的に映るらしい。しかしそれは違う、入社したとたん、頭に重しを乗せられたような物である。何故なら上司が若いと出世の目が全くないからである。「この会社は年寄りばかりで駄目だ」と言う学生がいるが、全く違う。これはチャンスが多い会社だと言える。彼らはもうすぐ定年を迎えるのだから。いずれポストはどんどん空いてくる。将来が開けているのである。それに年寄りを養う実力がある会社ともいえる。年寄りが退社すればその富は君たちの物になるんだ。

日本には日本人としての戦い方がある。年功序列あなどるなかれ。

2020年12月22日 エルボラ・ボーゲルさん死去

今朝、北海道新聞を見ていたらこんな記事がのっていた。
エルボラ・ボーゲルさん死去」

2020.12.22外人年功序列 001

この人が、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書いた人なんだ。本の名前は知っていたが本を読んだ事はない。この新聞には日本の高度成長には「年功序列の社会制度」が良かったと書いてあるらしい。年功序列=落ち着いて仕事出来るからね。
国際標準なんて言って、外国の土俵の上で戦うなんて戦略としては間違っている。普通戦いは自分の土俵に引きづり込んで戦うのが常識だろう。・・・・・かって世界の半導体工場だったのに今は半導体というよりも半身不随と言った方がよいか。

なぜ週休二日制が可能になったか。それは我々年寄りが長年劣悪な労働で築いてきた財産の取り崩しなんだ。今のあなた方が築いた財産で無いのは確か。・・・・・蓄積もなくなり、週休二日制を維持するために、国債をどんどん発行し、更に消費税まで導入。・・・・俺たちの老後資金迄使っちまったか。



 私の素人裁判「株式会社オカザキヨット裁判」も読んで下さい。業者は裁判でどれだけ嘘を言い続けるか。その結果どういう判決がでたか。・・・参考になると思います。
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