老人の危険運転は本当か

初めに
老人の危険運転が社会を賑わしている。本当に老人の責任にしてよいのか。120キロ以上も出る車を売っている自動車会社には全く責任はないのか。免許返納を訴えているが、返納したら君たちは代わりに運転してあげる事ができるのか。多分テレビの仕事が忙しいからとタクシー代を送るのが関の山であろう。だがタクシー代を送ってもらえない老人はどうすればよいのか。・・・・・・私たちは飢え死にするの。私はこの問題をいつも考えていた。誰かに訴えたかったが、今日テレビで「さだまさし」の発言を聞いてこのブログを書きたくなった。

自動車会社は悪くないの。
今日テレビを見ていたら老人の事故について話していた。「さだまさし」がブレーキとアクセルを別々の足で踏む、両足運転を奨めていた。その理由は「万が一の時は両足で踏めばよい」という主張である。私の論理と同じである。もし間違えてアクセルを踏んだら、ブレーキであると信じているそのペタルから足を話せるか。事態が切迫すると、心理的に離せなくなる。だから事故が起きるんです。私は妻にも両足運転をさせた。だから妻はどうして安全な両足運転をしないのか不思議がっている。車庫入れや駐車など片足はすでにブレーキにかかっているから、暴走など考えられない。
ホンダの車に永く乗っている。ブレーキペタルは広く、両足を乗せる事ができたので、長い停車では足が疲れず楽だった。・・・・・・しかしいつのまにかホンダもブレーキペタルが小さくなってしまった。
「さだまさし」の意見に対して司会者の「加藤浩次」は一方的に「右足でアクセルとブレーキ踏むもんです」と何の考慮もせず答えていた。・・・・・・問題提起は司会者の仕事だろう。
老人の大部分は、マニュアル車運転の経歴を持つ、従って両足運転など何の問題もない。とっさの場合、昔の動作を思い出し、片足の方がとまどうのかもしれない。
両足運転ができるようブレーキペタルを広くするだけでいいんです。オートマチックの方が確かに便利です。老人向きと言える。しかし長年左足でブレーキを踏ませておいて、今から左足は使わせない。・・・・・自動車会社の横暴ではないか。自動車会社は何か隠していませんか。もしかしてコストダウンのため放置していませんか。それとも重大な構造的欠陥があるのか。

ドアミラーの欠点
更に言えば、ドアミラー。昔はフロントミラーで後方確認がしやすかった。当然駐車もしやすかった。車が真っすぐになっているか。どこに車止めるかが真に見やすいのである。今はカメラが付いていて確かに後方は見やすくなった。しかし同時に前方の人や車を確認する事はできない。さらに進行中ドアミラーで後方を確認する事は容易ではない。
ドアミラーに変わった時苦労したが今は何の問題もない。・・・・・それは技術が向上したから?・・・・・違う。後ろに注意しなくても平気になった。気にならなくなった。人間なれが大切である?今の若い人はフロントミラー知らないから、彼らと議論しても無駄である。
年寄りの最大の問題点は、動体視力の衰えである。ドアミラーはその点でも最悪である。運転は前方遠くを見て状況を判断する。その間に時々近くのドアミラーを見て周りを確認する。しかし近すぎて見るのが難しい、とっさに見えないのである。目が追い付かないのである。見ようとすれば前方不注意間違いない。フロントミラーの時は前方だけではなく、後方も絶えず注意して見る事は簡単だった。

オートマチックに問題はなかったの
オートマチックが車の半分を超えたころ、私のオートマチック車に問題が起きた。週一位で、バックで車庫入れしようとするとバックしないのである。どんどん回転を上げて行くと突然バックに入りダッシュするのである。私は両足運転だったから(今は、片足+横断歩道や車庫入れでは状況に応じて両足)既にエンジンの回転が上がった時点でブレーキに足をかけていたので、瞬時にブレーキをかけて事故を何度も防いでいました。それにもかかわらず、ディラーは「問題ありません」と言って車を戻すのです。それでもバックに入らない事はたびたびありますが一向に直してくれません。結局新車を買う羽目になりました(故障してもうかる自動車会社)。
その他にも、パワステが突然切れてハンドル操作が何度も危険な目にあいました。これも同様な対応でした。原因が分からないと言って放置されるのである。ある日峠の下り坂の急カーブで突然パワステが切れ、ハンドル操作が危険になりました。心構えができていたので無事路外に止め、液晶パネルに出ているコメントを撮影し、ようやく部品を交換してくれました。・・・・・車メーカーの対応や技術なんてこの程度なんです。

私の主張
今の技術者は車に限らず、人間が使う事を全く無視しているんです。PCでもExcelを終了させる時
「保存する」「保存しない」「キャンセル」と表示されます。そのためうっかりと「保存しない」をクリックして、せっかくの成果をパーにする事がよくありました。どうして「キャンセル」を中央に持ってこないの。・・・・・・違いますか。そうすればお互い距離があり操作上の間違いはなくなると思います。私は埼玉のホンダ技術研究所へ車を持っ行って、改良させた事もあります。
新技術おおいに結構、しかし人間を無視した動作を強要してもそれは事故の原因になるだけです。とりあえず各車メーカーにお願いしたい。ブレーキペタルを広くし、フロントミラも用意して、選択の自由を与えて欲しい。・・・・・長年車を買ってきたユーザーに対して、「ぼけ老人の起こした事故」などという前に、車に問題が無いか、よく考えて設計に老人も参加させるべきである。それが出来ないなら車産業の衰退が早まるだけである。・・・・・若者は車を買わない、違いますか。
もう一つ。「70歳以上は自動ブレーキの付いた車以外運転させない」法制化した方が良い。

追 申
私も一般道を逆走しそうになった事が何度かある。広い道路だと、右折する時、中央分離帯と道路の向こう側が保護色の関係になり、中央分離帯に気付かず手前を曲がりかけ、あわててハンドルを戻した。年寄りは目の判断力が落ちるから、保護色の関係になると瞬時の判断は難しくなります。
関係者にお願いしたい、中央分離帯の色を考えて欲しい。端だけでいいんです。なんでも運転者の責任にする限り事故はへりません。運転者だけの責任にして、死んだ人はどう思いますか。裁判所も判決の在り方を考えて欲しい。・・・・・・信号機や標識の付け方に問題があることなど非常に多いですね。左カーブの終わりに信号機がありました。当然左側を見て「ア、赤信号だ」と思い、車をゆっくり止めようと前方を見ると、既に前の車は急停車。追突してしまいました。・・・・・保険の為交番に行くと誰も居ず、電話すると「先ほどの人ですか」と聞かれました。もう既に事故を起こした人がいたんですね。・・・・・信号機のせいで事故を起こした経験ありませんか。

追 申
私が10年ほど前に買った、ホンダのレジェンドは、運転席から降りようとしてドアを開けると、助手席の窓が自動的に開くんです。このため2回も車内を洗車してしまいました。駐車場で窓が開いていた事は何度もありました。私が実演して見せると、ホンダの技術者はどうして窓が開くか分かりませんでした。
原因は、窓のスイッチの上にドアを開閉する取っ手を付けたためでした。ドアを開く瞬間に手の平に力が入って筋肉が膨らみその下にあるスイッチを押してしまうんです。その時私はドアがぶつかる事を気にして右ばかり見ているので、助手席の窓が開くことに気付かないんです。・・・・・これを不注意と見ますか。単に人間の動きを全く無視した設計のせいではありませんか。しかもこのドアにどのくらいの風圧がかかるか、その時人間は何キロの力でドアを引く必要があるかも計算していないと言うんです。デザインだけ考えて取ってを前に寄せたため、強い力をかけないとドアをコントロールできないんです。駐車場ではどれだけドアに小傷を付けたことか。人間のパワーを全く無視した設計でした。・・・・・人にやさしい設計本当ですか。ホンダばかりではありません。いたるところで人間を無視した設計がされているんです。技術者の人生経験不足に起因しています。違いますか。

私は、ブレーキ操作の過ちを運転者のせいばかりにする報道にはうんざりしています。車に問題はなかったんですか。緊急の時踏み間違えるブレーキは欠陥ではないんですか。オートマチック車には、予備のブレーキが必要ではないですか。・・・・年寄りは警察に言われると自分のせいだと納得してしまうんです。なんせ警察の調査は「不注意ありき」で一方的ですから。事故が起き気が動転している状態で適切な受け答えができると思いますか。・・・・・これ放置していると車売れなくなりますよ。

2018年12月28日 追申

今日「ひるとく」を見ていたら、「歩道を車で突っ走ったおばあちゃん」の話題だった。
まず最初に言っておく「おばあちゃん何をぼけた事やっているの」という前提の構成としか思えない。
びっくりしたのは、歩道の幅が3.5m、友好幅(有効幅)3.05m、即ちその先の車道3.0mより広いのである。スーパーの駐車場を一旦停止し出てすぐ左に曲がって走り出している。すなわち歩道を走りだしているのである。駐車場の出口左には左折の看板がある。レポーターはこの看板を見て「私なら車道の所を左に曲がる」と言っていてたが、はたしてそれが看板に忠実な行動か、その根拠を知りたい。この広い歩道を車道の一部と錯覚し看板通りすぐ曲がったらそれは間違いだ、年のせいだと指摘するのか。私は言いたい、この看板の取付を指示した張本人こそがボケている。錯誤させる位置、しかも見にくい位置に看板はある。レポーターは車外にいるから標識や周囲が簡単に見える事に気付いていない。運転者が手前を歩道と判断できない位置でこの看板を見て、出たらすぐ左に曲がると決めていたら、当然左に曲がってしまう。何故なら一旦停止した位置では看板は頭上にあるからである(この理屈を理解できない人には理解できないだろう)。だが、いつもの通り、年寄りの間違いで片づけられるだろう。
正しい答えは、看板の立てる位置をスーパーの出口ではなく、向こう側に建てる。即ち車道の手前に建てるべきである。もしくは正面に建てる。更に白線を引いて誘導する。そうすれば今回のような間違いは無かったと断定する。私が最初に述べた「人間を無視した設計」の一例であろう。・・・・・・違いますか。私には左折して走って行けば本線に合流するように見えた。
非難すべきは、このおばあちゃんではなく、物事を簡単に考えたずさんなスーパーである。・・・・・それにしてもおばあちゃん、堂々と運転していますね。運転も上手い。事故にならなくて本当によかった。標識がまともであれば、このおばあちゃんが間違えるわけないじゃありませんか。・・・・・おばあちゃんを騙した関係者が悪い。そう考えなければ物事の本質を見失う。・・・・・・違いますか。・・・・私は一部上場の住宅会社に永い事いた。多くのクレームも処理した。その結果得た答えは、使い方のせいにしはていると本質を見失い、クレームは全く減らないという事である。



私の素人裁判「株式会社オカザキヨット裁判」も読んで下さい。業者は裁判でどれだけ嘘を言い続けるか。その結果どういう判決がでたか。・・・参考になると思います。
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