株式会社オカザキヨット裁判(以下、オカザキ、オカザキヨットと称する)
オカザキヨットは、ころころと主張を変え、出鱈目な主張を繰り返した。証人「金地寛幸」もそれに合わせて、偽証を繰り返した。
修理を全てやり直したのにも関わらず、大阪高裁はオカザキヨットに支払った工事代金の内、ほんの一部の返還を命じただけであった。これは判例違反である。更に「未工事で有るとすれば、これは瑕疵ではない」とのとんでもない判決も出た。修理をしなかった項目については瑕疵ではないとされたのである。最高裁に全額返還を訴えたが却下され、私は訴える手段がなくなった。これは誤審である。大阪高裁の判決が正しいか、いつ同様の被害にあうかも知れない国民に、問うものである。
私はこのブログの準備中に、オカザキヨットの社長が息子に変わった事を知った。新社長になっていきなりこのブログでは気の毒だと思い、会社の対応が変わったか新西宮ヨットハーバーの事務所に新社長を訪ねた。しかし従業員だけしかおらず、新社長は横浜であると言う。
ネットで対応ができると言うので、TV電話で対談した。だが「この件はおやじに任せてある」と主張し話し合いにならない。「なんならおやじを呼びますから、そちらと話しますか」と言われた。私は、前社長に恫喝されていたので、会えば喧嘩になると困るので仕方なく引き上げた。・・・・要するに会社の対応は変わらないと判断し、ブログを立ち上げた。


株式会社オカザキヨット被害者の報告


株式会社オカザキヨット以下オカザキと称す
(これは小豆島の岡崎造船とは全く関係ありませんのでご注意)

注意: これは、裁判で高裁まで争い、最高裁では却下された、私の裁判記録を書いた物である。裁判の中での主張であり、これは公の記録として見ることができるものです。どちらの主張が正しいかは、裁判であるから当然読者の判断に任せるものである。又「この判決が妥当ではない」として裁判所の不当性を訴えるものです。
もし私の主張に、異論や裁判での主張と違う部分があるならばオカザキヨットさん反論してください。事実と違うならば訂正します。
ほかにもオカザキを訴えた人がいるが、証拠の収集に失敗したようである。(業者は直すように見せかけて時間を稼ぎ、証拠の隠滅と時効の成立をはかるものである。瑕疵は判明したらすぐ証拠を確保することと、時効にならないよう注意する事)
* 初ブログ開始早々、大作に挑んでしまいました。上手く作成できるか心配です。
兵頭さん・関根さん・伊藤さん・もう一人オカザキとの裁判ご苦労様です。僕の裁判ブログ見て下さい。
86
平成22年4月7日、
衝突事故翌日の高松港















ヨット名: ホワイトイーグル (俗称:白鷲)

アンカーローラー・パルピット・ジア゛ファーラーに大きな損傷が生じました。
幸い船体は破損したものがぶつかってできた擦り傷が少々
だった事は、

不幸中の幸いでした。




オカザキヨットへの工事代金返還訴訟で、最高裁とんでも判決支持

大阪高裁、判決を支持、上告を却下する。

平成28年12月18日判決言渡し同月原本交付

平成26年()432号、同第1059号 請負契約等請求、損害賠償反訴請求控訴、同付帯控訴事件

(原審・神戸地方裁判所尼崎支部平成22年()第1938号(本訴)

・同24年()第962号(反訴))

口頭弁論終結日 平成27年9月4日

 

大阪高等裁判所 判決内容概略

「もし工事がされていないといすればそれは疵では無い・訴えを却下する」大阪高裁のとんでも判決で、前払い。未工事部分の工事代金は返金されなかった。この判決を最高裁も支持。却下され判決が確定した。

要約すると、「保険金(修理代)を前金で受取りながら、修理しなかった部分があったとしても、これは修理の瑕疵ではないから訴えを却下する」「保険金を返却する必要は無い」との判決である。最高裁もこの判決を支持し、上告を却下された。

オカザキは、工事をせずに保険金を受取ることができた。・・・最高裁歴史上画期的な判決支持である。

オカザキヨットは素晴らしい判決を勝ち取った。

「修理をすれば瑕疵であるが。修理をしない項目があったとしても、修理をしなければ瑕疵は発生せず受取った保険金は返還する必要は無い」実に素晴らしい判決である。

もともと私は、被害者が裁判により更に被害を受ける。裁判所の判決は、一般国民の常識とかい離していると常々思っていた。この出鱈目な判決が上告を招き、更に上告され、被害者の被害拡大と税金の浪費に繫がっていると考えていたが、今回これを証明する画期的な判決がなされたのである。

裁判所の「証拠主義」出鱈目である。

オカザキの証拠は全く出鱈目であり(後で各項目編毎に証明する)、当方が証拠を出し、オカザキは何ら証拠を示さず反論するだけなのに、(わずかに提出した証拠も、インチキもしくは証拠にならない)尼崎地裁はオカザキヨットの主張を支持した。この様な事をすれば「上告」されるのは当然である。尼崎地裁の出鱈目な判決。真摯に証拠調べをしているとは思えない。尼崎地裁では376万円の返還を請求した。しかしたった40万700円の返還があっただけで、残り全てを却下された。依頼した保険請求をせず。これは事故のせいではないと主張し、大阪高裁では認められた、ゲートスタンションの瑕疵を認めず、逆にアクア鑑定から連絡を受け、再修理したM社も認めた施工不良を無視して、ゲート支柱修理費50万円の追加支払いを命じられた。

相殺差額10万円の追加支払いが生じたのである。もちろんやり直したジブファーラー代金は残らなかった。

 

大阪高裁へ上告してどうなったか。

 幸いほとんどの施工には瑕疵があったと認められた。しかし先に述べた、未工事は瑕疵ではないと(工事をしたように見せかけた物を含む)は却下された。

要するに、尼崎地裁は真摯に証拠調べをしなかった事が証明されたのである。判決文を読んだ時、あまりの瑕疵の多さに、よく調べもせず、大坂高裁を下請けに使ったとすぐに思った。大阪高裁へ丸投げしたのである。

再修理をしようとし、新西宮ヨットハーバー出入りの業者に、オカザキと同じ高額な修理費でもよいからと説得したが、オカザキの後始末を断られた。困っていると、以前整備してくれた、福岡のM社が「持ってくればやってあげる」と言ってくれたので、神戸から福岡へ回航し、全ての部品を外し、すべて取付作業をやりな直した。やり直した施工費とオカザキの施工費を比較すると、オカザキは3倍以上高い。3倍高ければそれに見合う施工をしなければならない、これも瑕疵である。

参考書、専門訴訟講座第
2版「建築訴訟」松本克美・齋藤 隆・小久保孝雄編(以下参考書と称す)
によれば「顧客は当然それに見合う施工を期待して当然である」となっている。

どれだけ酷い修理だったのかは項目別に、おいおい発表します。
・・・・追伸:発表しました。

修理の瑕疵は認められたがこれもとんでも判決。

修理を完全にやり直したにも関わらず、高裁は再修理代金分の返金しか認めなかった。しかしこれは、オカザキが行った修理を元に手直しした場合に生ずる清算方法である。今回の場合は取付けた部品を全て外さなければならず、オカザキが修理した事で生じた出来高部分は一切ない。部品を外した時点で施工手間は消滅している。これは解約に相当しこのような場合工事代金を全て返金するのが判例である。しかも福岡へ回航しM社のおかげで安く修理できたのに、その回航費を大阪高裁は認めず最高裁も上告を却下した。

 この様な判決が認められれば、オカザキは保険金を前払いで受取っているので、施工しなくともオカザキにとってはなんの問題もない。

未施工ならば修理の瑕疵ではないので保険金は返金しなくともよい。
(参考書によれば、未工事も瑕疵であるとなっている、当然である)

顧客が他の業者にやらせたのならば、高額な保険金を受取ってもその金額を支払うだけで、差額はオカザキが受取ってよい。

例えばオカザキは3倍の保険金を受け取っている。30万円を受け取り、修理をしなければ、私が10万円で直す。さすれば私に10万円返金すればよく、なにもせず20万円受け取る事ができるということである。更にクレームに対する責任もない。これが一番大きい。

事実、オカザキの修理によりスティーのバランスが崩れ生じた隔壁のゆがみ修理に対し、再修理業者は自信がないと拒否するので「私の指示通りやれば責任は一切取らなくともよい」との条件で平成24年に修理させた。取付後製作した長さ2mの金物の折り曲げ位置を間違えた事が判明した。(再修理業者の測定は正しかったが、制作するとき右左を間違え1cmズレた)

隔壁にずれが生じたが、時間がないので、そのまま受け取り、平成28年5月、もう一度回航し再々修理をおこなった。もちろん約束通りこの費用は私が支払う事になってしまった。 

教訓: 保険金は絶対業者に直接受け取らせてはならない。支払い金額は値引き交渉しても、それは被保険者の自由裁量でなんの問題もない。

だが根本にあるのは、オカザキに修理を依頼したことである。依頼しなければ、私がこのような被害にあうことはなかった。結局直してもいない修理に対して、保険金で支払い、さらに修理する為支払った。2重払いとなったのである。こんな理不尽が許されるか。

<内容は近日中に:ヨット衝突・落水・漂流>


愛媛県松山沖で漁船と衝突、落水・漂流

平成22年4月衝突事故発生

 

どのような状況で海難事故が起きたか。

 

3月24日: ヨット整備完成検査(オカザキヨット整備)

 

4月6日: 新西宮を沖縄に向かって出発、小豆島で夜になる。

 

日: 15時頃、来島海峡手前の伯方港に停泊予定であったが、疲れたので、初めての港で着岸場所がなければ更に航海を続ける事になり無駄な徒労に終わるので、そのまま航海を続け、大分の姫島へ向かう。

 

日: 夜22時頃、四国松山沖の由利島を通過した。この後は海域が広がり、見張りがしやすいので、仮眠している妻と見張りを交代しようとした。右姫島・左豊後水道方面と航路が分かれるので、何度も航路を確認し、交代のため妻を起こそうと船室に下がった。この時尿意を催し先に用をたし、妻を起そうとした時、ドスンという音がし、慌てて飛び出すと漁船の左舷に衝突していたのである。(正面衝突に近い、21度の角度で衝突した。そのまま船は引きずられ、飛び出した時は、T字型になっていた)

 

星一つない真っ暗な海を漂流。

 

慌てて飛び出した私の目の前には、漁船の船腹と赤灯が見えていた。漁船とはすぐに離れたので、船首の損傷を確かめようと、壊れて折れ曲がったパルピットにつかった。確かめようと身を乗り出したところ、パルピットはすでに折れてばらばらになっていた。そのため落水したのである。この時パルピットの端は折れてめくれており、強く掴んだまま落水した私は右手に大けがをしたのである。
(この時は痛いと思っただけで気づかなかった)

 私は落ちる瞬間「落ちた」と叫んだだけで、そのあとはもがかず、一端海に沈みその後も声を出
さなかった。これは、慌ててもがくと海水の飛沫を肺に吸い込み意識を失う事があるからである。(これ覚えておくべき:浅瀬でも溺れる原因)

 幸い救命胴衣を着けており、更に夜になると冷え込むのでたくさん着込んでいたので寒さの心配なかった。ヨットは風に流され離れていったが、自分も少しずつ流れ航路から離れたのは幸運であった。(本船に巻き込まれる恐れあり:後でぞっとしました)

しかし妻には「助けてくれ」と救助をもとめなかった。なぜなら本当の真っ暗闇で何も見えない中、引き返してスクリューに巻き込まれる事を恐れたからである。 

 どうしょうかと周りを見回すと、私のLEDライトが光り輝き漂っていた。これは、今回姪の旦那からもらい、何気なく持ってきたものである。運が良かった。当時のLEDライトはガラが大きく海水に浮かんだのである。

これを取ろうと必死になって泳いだが、たくさん着込んでいため思うように泳げず、更にライトが風に流されて行くので、捕まえられなかった。そのうち息切れがし、心臓が苦しくなってきたので、危険を感じ中止しました。(今年心臓の血液が多少逆流していることが判明)

 

私はいままでピンチで何度も助かったので、絶対助かる自信があり慌てま
せんでした。「積極的に行動するか」「このまま朝まで漂流するか」考えていました。

52
LDEライト、怪我をした手で掴んだ、中に浸透していた血が流れ出ている。

 
妻の救助

 

この間妻は私が沈んだと思い、暗い海に向かって「だれかお父さんを助けてくださ~い」と絶叫しながら、もと来た方向へ流れてゆくのですが、漁船はやってきません。哀れで涙がでました。

  ふと見ると、今まで私から逃げていたLEDライトがすぐ近くまで来ているではありませんか。私はこれを確保しなければ死ぬのが運命だと悟り、必死に泳ぎました。(もそもそ進んだだけだが)不思議なことに今度はライトがほとんど流されず。なんとかライトを確保することが出来ました。この時「助かった」と思いました。この時はまだ出血に気づいていず、もし確保できず、朝まで漂流したならば出血多量で死んでいたかもしれません。

  私が落ち着いて、ヨットが離れてゆくのを見ていたのは、夜は非常に遠くまで声が通ることを知っていたからです。呼ばなかったのは真っ暗闇の中、ヨットが間違った方向に引き返し、巻き込まれることを恐れたからです。

 ライトをもった私は、150mほど離れたヨットを照らし「引き返せ」と怒鳴り、ヨットを照らしました。妻はエンジンのかけ方を知りませんが、幸い衝突の時ショックでギアが外れただけだったので、車の運転ができる妻は何とか近くまで来ました。

 
「ライフスリング」を投下させようとしましたが、開けることができないと泣き叫ぶのです。のんびりと話しかけ、何とか落ち着かせようとするのですが全く効き目がありません。原因は、パルピットの外側に付けたため、蓋が海側を向いていて、蓋がマジックテープで固定されているのがわからないのです。(今は内側に向けて付けてある)

 

仕方ないのでイーパブを稼働させようとしました。妻はバンドをはずせず、包丁で切り取りましたが、もう一か所細いひもで結わえてある事に気づかず失敗。救命いかだも、閉じてあるひもを切るだけで、止めてあるバンドを外せず失敗。

 

パニクリやすい正確なので、こちらは落ち着けようとのんびりと話すのですが、全く効き目がありません。

 

これでは、たっぷりと水を吸い重くなった体をヨットに引き上げてもらうのは無理と判断し、救助を依頼しようと妻に電話をかけさせました。

 しかし海上保安庁の「118番」を思い出すことができず、仕方がないので110番へ電話をさせましたが、妻は正確な位置を伝えることができません。相手の問いに対して、松山沖である事、左に島がある事(由里島)右手には何も見えない事を伝えただけでした。相手はわかったといって電話を切りました。

 

 漁船に救助される

 

この間、衝突した漁船に去られては助からないと思い、LEDライトで漁船を照らし続けました。(漁船は助けようと網を上げていたとのこと)

 もう妻はだめだとあきらめ、漁船に「助けてくれ」と叫び、しばらくして漁船がやってきました。

 二人で(親子)私を引き上げようとしますが、とにかく水をたっぷりとすった私の体は重く、なかなか引き上げられません。

 私は当時80キロありましたから、100キロ以上あったと思われます。二人の力が限界かなと思ったとき、両肘が舷側にかかり、ようやく救助されました。

 

 

 

松山港に向かう

 

その後松山港に向かうことになり、私はヨットに飛び移りました。

 

しかし寒気がするので、濡れた衣類を着替え、ぼたぼたと血が出ている右手にタオルを巻き、松山港へ向かいました。

 

7
右手から滴った血が点々と続く

しかし、寒さが出血多量によるものであることを気づきませんでした。10分くらいたってから、海上保安庁から電話があり、位置の確認を行い、ケガをしていることを伝えました。

 

GPSがあることが分かると(今天測の試験はないそうですから、GPSがあるのは当然)、北緯何度ですか、東経何度ですかと聞いてくるのです、専門用語では素人である妻は何のことか分からなかっただろうと思いました。単純に「何度ですか」と聞いた方がよいと思いました。

 

5分くらいで松山保安庁の船がやってきて、私は乗り移りヨットは保安庁に回航してもらいました。

 

 病院で手術する。

 

松山港では、救急車が待っており、すぐ血圧を計りました。

 

この時「61」と告げられ、初めてかなりの出血があったことに気づき、あのまま朝まで漂流していたら、危ないところでした。

 中指の先から、親指の付け根まで、ところどころ切れており、特に中指の第一関節の血管は切断しており、ここの止血が上手くいかず、けっこう時間のかかる手術になりました。

  その後、北海道に帰ってから再手術を行いました。しかし手の引きつりはほぼ良くなりましたが、中指の先端はマヒしたままで現在にいたります。

 

 事故の原因

 

こちら側の原因は、5艘の貨物船がヨットと漁船の間を通過したこと、漁船の後方に島があった事等で、貨物船や島の明かり、と見誤った事。

 漁船側は、網を下した後松山方面に漁を続け、その間寝ていたとの事です。しかし由里島から漁をすると目の前は航路です。せめて航路を横断してから休息でなければ、とんでもなく危険なことです。

 




<続きは、オカザキヨット株式会社と尼崎地裁で裁判になった経緯>

(初心者でよく分からなかったので、続きは新しく書きます)

 

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。