jinnsei-okinaのblog

多趣味な男です。人のやっていることを見ると、なんでもやりたくなる。最後の趣味がヨット。趣味で忙しすぎて、これ以上増やせば仕事をしている時間がなくなると思い、避けていましたが、50代の時、会社で干されたのをチャンスに一級船舶免許を習得。免許習得とともに、カタリナ320を購入、翌年着岸も満足にできないのに日本一周などしてしまいました。2度のリストラをかいくぐり(石油ショック・バブル)ついでに自分で会社まで作ってしまいました。この間二つの会社から給与をいただき、無事定年退職。現在カタリナ350で自由気ままな人生を送っています。

カテゴリ:社会問題 > 社会生活

恐ろしい言葉狩り

今、桜田五輪相に対して言葉狩りが行われている。恐ろしいかぎりだ。はっきり言っておく、次に言葉狩りに会うのは、今言葉狩りしている貴方だ。社会を見回すと、マスコミは初め同情の言葉で始まるが、次第に批判を始める。「一度で二度おいしい」、「マッチポンプ」というやつだ。

競泳の池谷瑠花子選手が白血病を発症した。この発表があった時、私もびっくりするとともに、正直「がっかり」した。・・・・・皆さんは違うんですか。当然病に対する同情も少なからずある。中学生の同級生が白血病にかかっていたとも知らず、献血に協力できなかったことを今でも悔やんでいる。但しその同級生は長年かかって白血病を克服したが。そのことがあるから発表の時はショックだった。
桜田大臣もびっくりして落ち込み「がっかりした」との発言になったと思う。私にはその様に聞こえた。「がっかり」して落ち込んでこが悪いのか。もし言葉に問題があると貴方が勝手に考えたのならば、この言葉を削除して報道すべきであった。なぜこれが池谷選手を非難した事に結び付けられるのか。そんなことを考える人は、精神が病んでいるとしか思えない。どうして善意にとらえることができないのか。・・・・・・他人をおとしめて、自分は善人ぶる。いいかげんにしてもらいたい。
私から見れば、自分の受けたショック。がっかりした事を、他人を生贄にすることによりストレスを発散しようとしているようにしか思えない。
野党に至っては、池谷瑠花子選手を利用して、「怒りで震える。五輪を担当する資格は全く無い」「大臣を止める気はないのか」・・・・国会を混乱させ少しでも自分たちが有利になろうとする姿が痛ましい。このままでは更なる野党離れが起きると思っていないのか。・・・・もし桜田大臣がやけくそになって辞任したならどうなるのか。世界のわらいものである。
私ははっきり言って、国民の貧困問題をないがしろにして、五輪に血税をつぎ込む、あまりにも巨額の血税をつぎ込む、異常である。・・・・なのに更に言葉狩りまで始まる。いい加減にしてもらいたい。社会にはあまりに言葉狩りが溢れている。集団ヒステリーだと気付かないのか。
なにはともあれ、池谷選手が一日も早くなってくれる事を祈っています。また、このことによってドナー登録者が増えたり関心がもたれた事は、池谷選手の功績で、救われる人も増える事は間違いないでしょう。

僕と同じ意見ないか、見ていたら、ホリエモンのコメントあった。

 フォロワーからは「治療に専念して欲しいって真っ先に言ってたのか…マスコミの切り取り方えぐいな」「発言の切り取り方が異様ですね」「切り取りかたに悪意あり」「マスコミの取り上げ方も悪いけど、切り取られた部分だけ見て炎上させてる人たちもどうなのか」「小学生が他人の揚げ足をとるのと一緒」など、発言の報じ方を問うリプライが相次いでいる。

その通り、だからネットで「マスゴミ」なんて言われるんだ。「マスゴミ見るよりネット見れ」・・・・・どんどんマスコミ追い詰められている。いまやネット時代。マスコミの嘘が通用しない時代という事がまだ「マスゴミ」には分っていない。・・・・本当の事を見ないマスゴミに未来はない。


フィフィさんも私達と同じ意見

寺田議員、語彙力の無い大臣を叩いて、私には人の病を政治利用してるようにしか見えないんだよ。政争に池江さんを巻き込むとか、大臣の言い回し云々より、よっぽど気持ち悪いです。


小林よしのり氏も発言

漫画家
小林よしのり氏(65)が、桜田義孝五輪相が白血病を公表した競泳の池江璃花子に「がっかりしている」などと発言して批判を浴びた騒動に「全国民でバッシングするほどのことじゃない」と私見を述べた。(続きは日刊スポーツで)

小林よしのり=ゴーマニズムであるが、基本常識人。・・・・僕もファンなので、どういう発言するか気になった。・・・・・一応仲間かな。

老人の危険運転は本当か

初めに
老人の危険運転が社会を賑わしている。本当に全て老人の責任にしてよいのか。120キロ以上も出る車を売っている自動車会社には全く責任はないのか。免許返納を訴えているが、返納したら君たちは代わりに運転してくれるのか。多分テレビの仕事が忙しいからとタクシー代を送るのが関の山であろう。だがタクシー代を送ってもらえない老人はどうすればよいのか。・・・・・・私たちは飢え死にするの。
私はこの問題をいつも考えていた。誰かに訴えたかったが、今日テレビで「さだまさし」の発言を聞いてこのブログを書きたくなった。

自動車会社は悪くないの。
今日テレビを見ていたら老人の事故について話していた。「さだまさし」がブレーキとアクセルを別々の足で踏む、両足運転を奨めていた。その理由は「万が一の時は両足で踏めばよい」という主張である。私の論理と全く同じである。もし間違えてアクセルを踏んだら、ブレーキであると信じているそのペタルから足を離せるか。事態が切迫すると、心理的に離せなくなる。だから事故が起きるんです。私は妻にも両足運転をさせた。だから妻はどうして安全な両足運転をしないのか不思議がっている。車庫入れや駐車など片足はすでにブレーキにかかっているから、暴走など考えられない。ホンダの車に永く乗っている。ブレーキペタルは広く、両足を乗せる事ができたので、長い停車では足が疲れず楽だった。・・・・・・しかしいつのまにかホンダもブレーキペタルが小さくなってきた。
「さだまさし」の意見に対して司会者の「加藤浩次」は一方的に「右足でアクセルとブレーキ踏むもんです」と何の考慮もせず答えていた。無視していた・・・・・・問題提起は司会者の仕事だろう。ほとんどの老人は、マニュアル車運転の経歴を持つ、従って両足運転など何の問題もない。とっさの場合、昔の動作を思い出す。片足の方がとまどうかもしれない。両足運転ができるようブレーキペタルを少し広くするだけでいいんです。オートマチックの方が確かに便利です。老人向きと言える。しかし長年左足でクラッチを踏ませておいて、今から左足は使わせない。・・・・・自動車会社の横暴ではないか。自動車会社は何か隠していませんか。もしかしてコストダウンのため放置していませんか。それとも重大な構造的欠陥があるのか。


ドアミラーの欠点
更に言えばドアミラー。昔はフロントミラーで後方確認がしやすかった。当然駐車もしやすかった。車が真っすぐになっているか。どこに車止めるかが真に見やすいのである。今はカメラが付いていて確かに後方は見やすくなった。しかし同時に前方の人や車を確認する事はできない。さらに進行中ドアミラーで後方を確認する事は容易ではない。ドアミラーに変わった時苦労したが今は何の問題もない。・・・・・それは運転技術が向上したから?・・・・・違う。後ろに注意しなくても平気になった。気にならなくなった。人間なれが大切である?今の若い人はフロントミラー知らないから、彼らと議論しても無駄である。年寄りの最大の問題点は、動体視力の衰えである。ドアミラーはその点でも最悪である。運転は前方遠くを見て状況を判断する。その間に時々近くのドアミラーを見て周りを確認する。しかし近すぎて見るのが難しい、とっさに見えないのである。目の集点が追い付かないのである。無理に見ようとすれば前方不注意間違いない。フロントミラーの時は前方だけではなく、後方も絶えず注意して見る事は簡単だった。これを目の衰えのせいだけにしていいの?

オートマチックに問題はなかったの
オートマチックが車の半分を超えたころ、私のオートマチック車に問題が起きた。バックで車庫入れしようとすると、週一位でバックしないのである。どんどん回転を上げて行くと突然バックに入りダッシュする。私は両足運転だったから(今は、片足+横断歩道や車庫入れでは状況に応じて両足)既にブレーキに足をかけていたので、瞬時にブレーキをか事故を何度も防いでいました。それにもかかわらず、ディラーは「問題ありません」と言って車を戻すのです。それでもバックに入らない事はたびたびありますが一向に直してくれません。結局新車を買う羽目になりました。故障してもうかる自動車会社・・・・誰が儲かるか考えれば犯人分かりますね。その他にも、パワステが突然切れて何度も危険な目にあいました。これも同様な対応でした。原因が分からないと言って放置されるのである。ある日峠の下り坂の急カーブで突然パワステが切れ、ハンドル操作が危険になりました。心構えができていたので無事路外に止め、液晶パネルに出ているコメントを撮影し、ようやく部品を交換してくれました。・・・・・車メーカーの対応や技術力なんてこの程度なんです。今の技術者は車に限らず、人間が使う事を全く無視しているんです。PCでもExcelを終了させる時「保存する」「保存しない」「キャンセル」と表示されます。そのためうっかりと「保存しない」をクリックして、せっかくの成果をパーにする事がたまにありす。どうして「キャンセル」を中央に持ってこないの。・・・・・・違いますか。そうすればお互い距離があり操作上の間違いはなくなると思います。
私は埼玉のホンダ技術研究所へ車を持っ行って、改良させた事もあります。新技術おおいに結構、しかし人間を無視した動作を強要してもそれは事故の原因になるだけです。とりあえず各車メーカーにお願いしたい。ブレーキペタルを広くして両足で踏めるようにし、フロントミラーも用意して、選択の自由を与えて欲しい。・・・・・長年車を買ってきたユーザーに対して、「ぼけ老人の起こした事故」などという前に、車に問題が無いか、よく考えて設計に老人も参加させるべきである。それが出来ないなら車産業の衰退が早まるだけである。・・・・・若者は車を買わない、違いますか。
もう一つ。「70歳以上は自動ブレーキの付いた車以外運転させない」法制化した方が良い。 ・・・・・でもその前に、ブレーキペタル両足で踏めるようにして、金掛かると年金者はつらいから。

追 申
私も一般道を逆走しそうになった事が何度かある。広い道路だと、右折する時、中央分離帯と道路の向こう側が保護色の関係になり、中央分離帯に気付かず手前を曲がりかけ、あわててハンドルを戻した。年寄りは目の判断力が落ちるから、保護色の関係になると瞬時の判断は難しくなります。関係者にお願いしたい、中央分離帯の色を考えて欲しい。端だけでいいんです。なんでも運転者の責任にする限り事故は減りません。運転者だけの責任にして、曳かれたて死んだ人はどう思いますか。裁判所も判決の在り方を考えて欲しい。・・・・・・信号機や標識の付け方に問題があることなど非常に多いですね。左カーブの終わりに信号機がありました。当然左側を見て「ア、赤信号だ」と思い、車をゆっくり止めようと前方を見ると、既に前の車は停車中。追突してしまいました。・・・・・保険の為交番に行くと誰も居ず、電話すると「先ほどの人ですか」と聞かれました。もう既に事故を起こした人がいたんですね。・・・・・信号機のせいで事故を起こした経験ありませんか。

追 申
私が10年ほど前に買った、ホンダのレジェンドは、運転席から降りようとしてドアを開けると、助手席の窓が自動的に開くんです。このため2回も車内を自動洗車してしまいました。駐車場で窓が開いていた事は何度もあります。私が実演して見せると、ホンダの技術者はどうして窓が開くか分かりませんでした。原因は、窓のスイッチの上にドアを開閉する取っ手を縦に付けたためでした。ドアを開こうとすると手の平に力が入って筋肉が膨らみその下にあるスイッチを押してしまうんです。その時私はドアがぶつかる事を気にして右ばかり見ているので、助手席の窓が開くことに気付かないんです。窓は完全に開くと、空いている事が分かりません。・・・・・これを不注意と見ますか。単に筋肉の動きを全く無視した設計のせいではありませんか。しかもこのドアにどのくらいの風圧がかかるか、その時人間は何キロの力でドアを引く必要があるか。小学生何年生の力で開閉できるのかも計算していないと言うんです。デザインだけ考えて「取って」を前方へ寄せたため、強い力をかけないとドアをコントロールできないんです。そのモーメントを、即ち梃子の原理を計算していないんです。駐車場ではどれだけドアに小傷を付けたことか。人間のパワーを全く無視した設計でした。・・・・・人にやさしい設計本当ですか。ホンダばかりではありません。いたるところで人間を無視した設計がされているんです。技術者の人生経験不足に起因しています。違いますか。私は、ブレーキ操作の過ちを運転者のせいばかりにする報道にはうんざりしています。車に問題はなかったんですか。緊急の時踏み間違えるブレーキは欠陥ではないんですか。オートマチック車には、予備のブレーキが必要ではないですか。・・・・年寄りは警察に言われると、事故を起こした負い目で、自分のせいだと納得してしまうんです。なんせ警察の調査は「不注意ありき」で一方的ですから。事故が起き気が動転している状態で適切な受け答えができると思いますか。・・・・・これ放置していると車売れなくなりますよ。

2018年12月28日 追 申
元気なおばあちゃん

今日「ひるとく」を見ていたら、「歩道を車で突っ走ったおばあちゃん」の話題だった。まず最初に言っておく「おばあちゃん何をぼけた事やっているの」という前提の構成としか思えない。びっくりしたのは、歩道の幅が3.5m、有効幅(有効幅)3.05m、即ちその先の車道3.0mより広いのである。スーパーの駐車場を一旦停止し、すぐ左に曲がって走り出している。すなわち歩道を走りだしているのである。駐車場の出口左には左折の看板がある。レポーターはこの看板を見て「私なら車道の所を左に曲がる」と言っていてたが、はたしてそれが看板に忠実な行動か、その根拠を知りたい。この広い歩道を車道の一部と錯覚し看板通りすぐ曲がったらそれは間違いだ、年のせいだと指摘するのか。私は言いたい、この看板の取付を指示した張本人こそがボケている。錯誤させる位置、しかも見にくい位置に看板はある。レポーターは車外にいるから標識や周囲が簡単に見える事に気付いていない。運転者が手前を歩道と判断できない位置でこの看板を見て、出たらすぐ左に曲がると決めていたら、当然左に曲がってしまう。何故なら一旦停止した位置では看板は頭上にあるからである(この理屈を理解できない人には理解できないだろう)。だが、いつもの通り、年寄りの間違いで片づけられるだろう。正しい答えは、看板の立てる位置をスーパーの出口ではなく、向こう側に建てる。即ち車道の手前に建てるべきである。もしくは正面に建てる。更に白線を引いて誘導する。そうすれば今回のような間違いは無かったと断定する。私が最初に述べた「人間を無視した設計」の一例であろう。・・・・・・違いますか。私には左折して走って行けば本線に合流するように見えた。非難すべきは、このおばあちゃんではなく、物事を簡単に考えたずさんなスーパーである。・・・・・それにしてもおばあちゃん、堂々と運転していますね。運転も上手い。事故にならなくて本当によかった。標識がまともであれば、このおばあちゃんが間違えるわけないじゃありませんか。・・・・・おばあちゃんを騙した関係者が悪い。そう考えなければ物事の本質を見失う。・・・・・・違いますか。・・・・私は一部上場の住宅会社に永い事いた。ディラーで解決できない多くのクレームを処理した。その結果得た答えは、使い方のせいにしていると本質を見失い、クレームは全く減らないという事である。8割のクレームはお客さんのいう事が正しい。技術不足で解析できないだけだ。

019年2月6日 追申
高齢者、高速道路逆走。

高速道路の逆走。高齢者が66%だそうである。この数字出すとき、高齢免許所有者の○○%というように発表してくれないと真実が見えない。・・・・・逆に考えてみよう。若いくせに34%も逆走するバカがいるの(老人ならボケか)、おかしすぎるだろう。なぜ若いくせに逆走してしまうの。こちらの方が問題だろう。彼らが老人となっても逆走するとしたら、66-34=32%・・・年のせいで逆走するのは32%ではないか。・・・・違ったかな?
運転に自信がある人、高齢であるほど高くなる。・・・・当然だろう。自信があるから高齢でも乗るんだから。・・・・うちの奥さん、息子に送ってもらえと言ったら、こそっと耳打ち。不安で乗れない。俺をアッシー君にするのは止めろ。口では免許返納、現実は何時までも車運転させる。
俺は若いころよく事故を起こしたよ。1年に一回はやったな。2年間もなかったら、どうなっているのかと不安に思ったもんだ。そのうち大事故を起こすんでないかと。しかし、年と共に事故は起こさなくなり、最後の事故はいつだったか忘れてしまった(ボケのせいだと思わないで)。運転は上手だとは思っていないよ。年と共に慎重になってきて、腕の衰えをカバーしている。他に安全装置も多用している。自分では上手だとおもっていないが、周りは下手くそだと思っている。下手くそというより、ルールーを守っていないのかな?。・・・意外とルールーを守らない人の方が事故少ないかも知れない。怖がって他の車近付かないから・・・・。

ところで本題に入る。
逆走を高齢のせいにしているが、道路の作り方に問題はないの。・・・作り方が悪かったら間違えて当然でしょう。だから若いのも逆走するんだと思う。俺の見たところ、逆走の原因になるSAけっこうある。一方から入ってもう一方に突き抜ける形のSAは問題が少ないのではないかな。時々、入口の近くに出口があるSAがある。侵入禁止の標識が頭上にある。近場からスタートすると見にくいのでは。これって間違えないかと時々思う。・・・・設計に人間の行動を考えていない事、多すぎます。
対策としては、入って来た道路を分からなくする。進入禁止の看板だけでなく、変な色にする。これが道路かと思わせる。例えば、どこかの家に入って行くように見える絵を描くとか。出口方向に向かって駐車させる。・・・・これやってみて。きっと逆走激減すると思う。・・・これやらずに高齢者を批判するのは止めろ。お金を払ってくれる大切なお客だとの観点が抜け落ちている。お客を非難するなど言語同断である。皆年寄りになるんだぞ。それとも無料で代行運転してくれるの。

2018年12月28日 追 申

昨日、車の運転した。道路が凍ると危険なので横に息子を乗せて走行した。たまに、氷で全くブレーキが利かなくなる事があるからである。そんな時スキーの様にすべる車を路肩に擦り止める必要がある。こんな高度なテクニック息子には無理だから。・・・・・まだまだ、息子には負けない。
交差点で、私は直進、前に左折の車、左折の車が人を待っている。曲がっていったので、私が進もうとすると、歩行者信号が点滅。ここからが肝心。アクセル踏むが車が進まない。エンジンの回転が上がらないのである。前の車もそうだったので、この車に買い替えたが、たいして変わらない。
更に踏み込むが動かない。しょっちゅうこんな事起きるので馴れている。そのままの状態で我慢しているとようやく車が走り出した。歩行者信号は既に赤になっていた。
以前から何度も「アクセル踏んでも車が走り出さない」と車屋に訴えても何にもしてくれない。・・・・彼らは分っているに違いない。ソフトの欠点を。だから調べようともしないんだ。
しかし、もっとアクセルを踏む老人がいたらどうなるか。突然スイッチが入って暴走、当然考えられる。・・・・「年寄りが暴走させるのではない。プログラマーが暴走させるんだ」・・・違いますか。
この話を妻に話したところ「私も5差路でアクセルを踏んでも前へ進まないので、更に踏み込んだら暴走した」「事故ったと思ったが幸い車が居なかったので助かった」・・・・と話していた。・・・・・・暴走の原因として、老人ばかり取り上げられて、自動車の欠陥全く報道されません。おかしいと思いませんか。

・・・・追申。2019年8月初め、車メーカへから突然手紙が来た「ゆっくり停車し発車しようとすると走り出さないプログラムの欠陥が見つかったので、ソフト入れ直す」というものであった。ほら見ろ私は4年前から言っていた事ではないか。エンジンの力不足かと思い、買い替えたが同じであった。双方とも同じ欠陥だそうである。・・・・そのためアクセルを踏みすぎ暴走するんだ。・・・「年寄りが暴走させるのではない。プログラマーが暴走させるんだ」との私の主張は現実になったではないか。この動作は私が主張する交差点での右折時の動作そのものではないか。

ホンダ運転ソフト交換 001

・・・・この話し4年前から担当者と顔を合わすたびに訴え、担当が変わっても訴えていた。内の事務員さん「うちの社長前から言っていたじゃないですか」と担当者に行ったら「そうですか」ととぼけられた。・・・・私は顔を合わすたびに言うので「老人だから何度も言ってしまうのかな?」と反省するまでになっていたのに。・・・・・・・コールセンターで苦情受付始まったころから真面にクレーム受け付けなくなったと思いませんか。・・・・「入れ替え費用は無償です」との記載。ふざけるな無駄に車買い替えた。慰謝料の問題だろう。


2019年6月2日 追 申
「金沢のシーサイドライン逆走事故」
 横浜市の新交通システム「金沢シーサイドライン」の新杉田駅(同市磯子区)で自動運転の車両が逆走して車止めに衝突した事故で、運行を制御する自動列車運転装置(ATO)のコンピューターと事故車両のやりとりは正常だったとの記録が残っていることが2日、運営会社への取材で分かった。

これをどう説明するのか。それなら暴走するわけないじゃありませんか。コンピューターのやり取りが正常だったと間違った判断されたので逆走が起きたともいえる。それにも関わらず正常だった事は、「逆転の発想ではそのことが異常であった証拠である」・・・私が何度ものべているように、現代の自動車は電気信号で操作されている。異常が起きているのに、正常と判断している事自体が異常の証拠である。

今年3月に妻が再び車を暴走させた。ガソリンスタンドから出ようとして歩道に出てきたところ、信号待ちの車が譲ってくれた。道路に出ようとしたところ、なかなかエンジンの回転があがらず前へ出ない。更に踏み込むと突然回転が急上昇、車道へダッシュした。妻はそんなときのため、左足でいつでもブレーキを踏み込む準備をしていたので事なきを得た。右足ブレーキではとうてい間に合わなかっただろう。それを見ていたスタンドの人駆けつけてくれた。・・・・・これでも車が暴走する原因を老人であることのせいにしますか。
「オートマチック車は暴走するものだ」私は今までの経験から断言します。

暴走した経験者の方、欠き込みお願いします。皆で暴走問題を議論しようではありませんか。

2019年6月21日 追 申


自分73歳のオートマチック車の運転を振り返ってみた。私は片足状況に応じて(交差点で特に右折する時)両足運転をする。片足運転であるが、気付いた事がある。私はアクセルとブレーキ動作の時足の位置を替えない。即ちかかとの位置を変えないのである。どちらかと言えば、ブレーキ寄りにかかとの位置を置き、アクセルを踏む場合、足首を右にひねって軽く踏み込む。もし急ブレーキを踏む場合は同じかかとの位置で、まっすぐ踏み込む。少し踵がブレーキ側なので、通常の2/3位の面積でブレーキペタルを踏み込む事になるが、これで何の問題もないと思う。この方法はアクセルをいきなり強く踏み込むことが無いメリットがある。・・・・・このテクニックは、マニュアル車で坂道発進をする場合、サイドブレーキを使わないテクニック(ブレーキを踏みながらアクセルを踏み込む)の応用であるが、一度試してはどうか。
それにしても、片足運転か両足運転かの議論をするよりも、両足でブレーキを踏めるようにブレーキペタルをもう少し広くしてほしい。ほとんどコストをかけずに出来る取りあえずの安全対策である。

老人は、マニュアル車を長く使っていた人がほとんどである。とっさの場合クラッチを切ろうとする事が起きるのは当然である。しかしそこにクラッチは無い。・・・・・そこにブレーキを付ければ多分簡単に解決できる問題である。
私は、オートマチック車だけではなく、マニュアル車も乗っている。更にヨットで旅行するので色々なメーカーと車種の車をレンタする。前へ入れるとバックする車おかしいと思いませんか。それとサイドブレーキを廃止して、ボタンにするメーカー。これはいくら乗っていても馴染めない。手で引くサイドブレーキがあれば、見ただけで判断できる。暴走した場合も引くことが出来る。・・・・・
メーカーは安全を考えていると主張しているが、本当だろうか、疑問を感じる。ボタン式と手動式どちらのコストが安いか発表して欲しい。・・・・誰か知りませんか。

2019年6月22日 追 申
こんな記事があった。(上手く貼り付けれずすみません)

高齢ドライバーの事故、実は減少傾向だった

このところ、自動車事故のニュースが頻繁にメディアに取り
上げられて
いる。その報道の多くは、「高齢ドライバーによる」
という切り口によって伝えられる。しかし、アクセルとブレーキを
踏み間違えるのは、認知機能が低下した高齢者であるとの決めつけ
は、誤った認識だという。元科警研研究員・伊藤安海氏は、注目
すべき事故原因は他にあると指摘する。(JBpress)

※本稿は月刊誌『Voice』(2019年7月号)、伊藤安海氏の
「高齢ドライバー事故をいかに防ぐか」より一部抜粋・編集した
ものです。

「事故=高齢ドライバー」は固定観念

 2019年4月19日、池袋で87歳の男性が運転する車が暴走し、
男性と同乗者を含む8人が重軽傷を負い2人が死亡する凄惨な
事故が起きました。
この事故しかり、アクセルとブレーキの踏み間違いや高速道路の
逆走、ドライバーの意識喪失と聞くと、誰もが「高齢ドライバー
問題」を連想するでしょう。
しかし、じつはどれも高齢者に限った現象ではなく、どのような
年代のドライバーも起こしている現象です。高速道路の逆走で
検挙されたドライバーでさえ、その3~4割は非高齢者なのです。


いう書き出しで始まり、最後に「問題は認知症だけではなく健康問題」である。
と結んでいる。
高速道路の逆走「その3~4割は非高齢者なのです」・・・・2月6日、私が主張
したように。老人の逆走よりも、非高齢者に着目した点が評価できる。

2019年7月7日 追 申

自転車とぶつかりそうになりショックだった。

片側3+4車線・・・・7車線の道路。路肩も広いのでかなり広い道路、左折しようとして横断歩道に差し掛かったところ目の前に自転車。急ブレーキをかけた。4メートル幅くらいの横断歩道、1メートルばかり入って停車した。相手の自転車止まらなければ、停車した私の車にぶつかっていたただろう。・・・・・かなりショックを受けた。

事故を分析して見ると(衝突してはいないが)
ぶつかりそうになってお互いに停車、相手が交わした時、歩道の信号見ると赤信号だった。この自転車多分点滅信号で侵入したので、急いで渡って来たと思われる。私は、横断歩道に自転車が入った事を見逃し、その後右の支柱の死角と自転車のスピードが一致し、衝突しそうになる直前まで見えなかったはずである。彼は車に近づきすぎたので死角からはみ出し私が気付いて急停車。こういう事だと思う。
最近の車、支柱が太すぎて死角が多すぎる。私の車は支柱にエアバックが付いている。更に今まで一度も付けなかった日除けも何となく付けてしまった。・・・・・格段に死角が広がっている。これも事故が多発する原因になっているのではないか。
(支柱の太さを見るのではなく、斜めなのだから、目線で水平に計測すると異常に太すぎる)

1年ほど前もこんなことあった。我が家の青空駐車場、右手は車庫があって死角になっている。したがって極めてゆっくり出て行く、車道に出左折しようとすると、突然右前、フロントの所に50代くらいの女性。ビックリした。
分析すると、右からくる女性元々見えない。私がゆっくり出て行くと、その女性止まれば良いのに、車道に降りてまで、私の車の前を通過しようとして、車道中央まで歩いた。多分私が気付いて停車すると思ったのである。だが車道に降りてまで通ろうとする、乱暴な話である。しかし彼女はの動きはたまたま柱の死角といつまでも重なり、左にハンドルを切ろうとして前進を止めるまで気付かなかった。・・・・・横に乗っていた息子「気が付いていた」。おいおいそれなら「止まれ」と言いなよ。・・・・・今の若者こんなのばかり。

それにしても今の車、安全のためと称して支柱太くなっているが、昔の車に比べて「死角広すぎ」ませんか。これも多くの事故に繋がっていると思う。例えば右折する時、たまたま右に移動する死角の速さと、対向車のスピードが一致して衝突する。きっと多いと思う。対向車スピード違反していないか、分析してみたら? 
確かにもっと注意して見ればいいのかも知れませんが、その部分ばかり注意して見ているとこれも事故につながります。・・・・・死角の広さって法律で決まっていないの。



私の素人裁判も読んで下さい。貴方が裁判をするとき、参考になると思います。

「オカザキヨット裁判」「オカザキヨット評判」で検索

2019年7月12日 追申
駐車場から出る車の老人暴走・・・彼だけの責任か。

4日ほど前、駐車場から出る老人が車暴走させる事故の映像見た。結論から言おう、この年寄り可哀そうだった。TVの評論家、外野席でなんだかんだ適当な事話している人、我々高齢者から見れば若造ばっかり。なぜ高齢者の意見が聞けない。‥‥・高齢者代表として私が意見を言いたい。

状 況
駐車場を出ようとして、自動料金精算所の角を右折、その料金所の角に女性べったりと張り付いている。多分先に車を先に行かせようとしているんだろう。そもそもこれが間違い。角にべったり張り付かれたら、ただでさえ右折しにくいのに大回りになってしまう。料金所の設置の仕方に無理がある。こんな設置のしかたの料金所たくさんありませんか。・・・・俺でも難しい、若くても難しいだろう。当然切り返しが入る。左手の通路(右折したので真後ろ)にいた白い車、それを予測して通路の幅だけ後ろに停車している。ここまではOK。
老車バックして切り返すがやっぱり不十分。原因は白い車が後ろにいるため、十分バックできない。この時後ろを見ると左手から女性が後ろを通過、続いて男性が。当然バックできないで停車したまま。人が通り過ぎて、バックしようとすると、その時後ろの白い車、間隔詰めてしまう。もうバックできない。なぜバックしようとしたかが分かるかというと、停車しているのに老車料金払おうとしていなかった。・・・・・おい白い車、シルバーマークが見えなかったのか。バックするのは当然予測できたろう。料金払うまで車間詰めるな、相手は老人だぞ。(後ろも老車か?)
そのままの停車位置で、窓を開けて料金を支払おうとする。これ自分も何度か経験がある。ブレーキペタルふむと真下には踏めず、足の横で斜めに踏む形になる。かなり無理がある。私は両足運転もするので、こんな時は左足でブレーキを踏む。それでも難しいときはPに入れて、ドアを開く。・・・・私は両足運転だからこれが出来る。
右足だけの片足運転、特に脚力が落ちた老人には難しいだろう。
ムリな姿勢だからブレーキから足が離れたか、踏む力が足りなくなった。車がツツツと前進、あわてて踏もうとするが、ブレーキまで足が届かず踏みかえる時アクセルを間違えて踏んでしまった。後は暴走。・・・・・・これが真実だと思う。
ここまで書いてくると、原因が分かったと思う。われわれ年割は、体の動きが鈍い、目で周りを見ても、まず首や体をひねって周りを見る事が苦手である。おまけピントを合わせるスピードが極めて遅い。首をひねっても見えるとは限らない。この老人パニックになって一刻も早く駐車場を出たかった事だろう。

結論を言おう。
この老人何も悪くない。恥をしのんでシルバーマークを付けているのに、誰もが無視している。歩行者優先などと言う、運転者向けの注意事項が、いつのまにか歩行者の権利としてとらえられているから事故は起きたのである。又、敬老の精神が全く無い。駐車場であるから、皆車の事は知っているはずである。なのに誰もこのシルバーマークに配慮しない。
私は、ブレーキペタルの幅をもう少し広げて、両足でブレーキを掛ける事が出来るようにして欲しいと訴えている。老人は脚力が衰えているんだ。特に車を使う老人は。だからブレーキを両足で踏めるようにすることは大事なことなんだ。・・・・・シルバーマークは、水戸黄門様の印籠と同じなんだぞ。

免許返納「ふざけるな」これだけ老人が増えたのに、誰が老人の面倒を見てくれるのか。国家公務員や一部の大企業出身者でなければ、年金では生活できない。・・・・・子供に面倒を見てもらおうと思っても近くに子供の職場が無い。あっても転勤を命じられる。・・・・・免許返納主張する人、老いた親と同居しているか説明してから主張すれ。
子供からの仕送りでタクシー・・・・逆に乏しい預金を持って行かれるのが現実である。これではタクシーに乗る金ない。違いますか。
我々は自分で生きてゆかねばならない「免許返納」・・・・おい返納したらホームにでも入れて面倒を見てもらえるのか、それならば返納しようじゃないか。・・・・・「免許死守」これは我々老人の生存権をかけた戦いである。最後まであがけ。

余 談
昔、ヨットの故障で駿河湾にある港に入った。スーパーへ買い物に行くと、向こうから勢いよく原付バイク。鮮やかに駐車場に滑り込みピタッと止めた。見ると老女。・・・・だがバイクを降りると、ヨタヨタとお店へ。内の奥さんとびっくりして顔を見合わせて笑った。・・・・・今こんな人普通に多くありませんか。

2019年8月18日 追申

2019年4月東京都池袋での暴走親子死傷事件。加害者は88歳。ケガで入院していたが、退院後逮捕されなかったことで、父親厳罰を求める署名活動を始め、すでに15万人署名。
おいおいこの老人過失なのにそこまでするか。法律で定められた以上の罰則を求める。やりすぎではありませんか。これ明日は貴方に降りかかるかも知れませんよ。韓国のロウソクデモでもあるまいし。昔交通事故で息子殺され加害者をぼろくそに言っていた被害者家族。葬式の帰りに人を撥ね殺してしまった。殺そうとして殺したわけではないのに、大変気の毒な事になってしまいました。・・・・・自分が加害者になってしまう。こんな事もあるんですよ。
事故った車「プリウスミサイル」とか言われている車種ではないですか。買う人多いから事故も多いだけだと言っている人いますが、大方はそう思っているでしょう。でも車の構造又はソフトの欠陥だったら、署名したあなたはどう責任を取るんですか。逆の話ですが、昔婦女暴行殺人で起訴された人間を作家の人が先頭に立って冤罪だとして無罪を勝ち取りました。しかし数年後この容疑者の自宅庭から女性の死体発見。刑務所に入っていたらこの女性殺されなかったのに。この作家さんどう責任取るんですか。こんな事もあるんです。・・・・・次の文書読んでからよく考えて下さい。

自動車会社は何か隠していませんか。・・・・私冒頭で書きました。

乗用車のドライブレコーダーには、事故を起こす直前、男性が同乗していた80代の妻と「危ない」「どうしたんだろう」などとやりとりする音声が残されていた。ガードパイプに接触してから停車するまで約150メートル暴走し、ブレーキを踏んだ形跡はなかった。・・・・・とされていた。しかし自動車に問題は無かったとされている。本当に警察でソフトちゃんと調べたんですか。まさか車販売したメーカーに調べさせたんじゃないでしょうね。もしそうなら、犯人に調べさせて、それを信用した事になってしまいますよ。
「又プリウスか」ネット上でこんな言葉飛び交っています。・・・警察は真面目に調査すべきである。
これプリウスではありませんが、ようやく欠陥認めました。
ホンダ運転ソフト交換 001
私の車交差点で一旦停車、対向車をやり過ごして右折しようとしてしアクセル踏むと、たまにエンジンの
回転上がらない、だが車は対向車線へズルズルと出てしまう。何度も危険な目に会いました。内の奥さんは前へ出ようとして、更に踏み込み何度か暴走させました。しかし両足操作なので瞬時にブレーキを踏み、大事故を回避する事ができました。メーカーでは分からないと車を付き返してくるので、馬力不足かと考え買い換えましたが同じでした。これ4年前からの出来事。
この度、上記の連絡きました。・・・・私が主張していた欠陥ではないですか。そのため暴走したんですよ。メーカーはいつも隠しているんです。それにしてもこんな重大な事、気付かれない様に軽くあつかっていますね。本来リコールだと思いますが。
長年車を運転してきた高齢者、鈍くなって車庫入れで車ぶつけたり、もたもたすることあっても、ブレーキとアクセルの踏み間違いまず考えられない。・・・・・「もたもたしている」と表現されていますが、これ慎重になっているだけなんですよ。言い方が嫌らしい。

2019年8月30日 追 申

署名29万人あつまったそうです。確かに人を殺した事は悪い。しかし故意の事故でも、悪質でもないのに、直接関係のない第三者が29万人厳罰を求めて署名。韓国の国民情緒法思い出します。・・・・・・行き過ぎではないですか。もし事故の原因が違ったら取り返し付きませんよ。厳罰なら彼は獄死しますよ。死刑判決をしろと署名しているのと同じですよ。・・・・復讐を認めていないのは必要以上に酷い復讐をしてしまう。誤って復讐してしまい取り返しがつかなくなる等の事を防ぐためですよ。
署名活動している関係者の方。貴方に家族いないんですか。貴方がたの家族は絶対事故起こさないんですか。29万人に家族親戚、友達入れたら、300万人にもなるんですよ。・・・・・・・自分が事故起こした時、署名活動して厳罰に処して欲しいと思っているんですか。法律で定められた罰以上の罰を与えて欲しいとおもっているんですか。日本は法事国家なんですよ。・・・・・・あの老人明日の貴方ですよ。もしそのような判例出たら、次からは全て厳罰になるんです。・・・・家族のいる貴方。貴方が事故起こして法律以上の罰受けたら家族はどうなるんですか。


私の素人裁判も読んで下さい。貴方が裁判をするとき、参考になると思います。
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札幌市のガススプレー爆発事故で思う事

危険を感知できない現代人
私は昔からたびたび危険な目に会い、運よく生き残って来た。だからこのブログを書いている。今回の事故では死者が全く出なかった。私は思わず「奇跡だ」と叫んだ。・・・・あの破壊状況から見ると正に奇跡である。この事故にあった人たちは本当に運が良い人たちである。きっと長生きできるだろう。一日も早く普通の生活にもどれるよう祈っています。
私がこのブログを書きたくなった原因は、かなり昔、25年位たつだろうか。日本の南端「与那国島」の小学校で教育用テレビの下敷きになって死んだ小学生を思い出したからである。当時はブラウン管テレビ。液晶テレビとは重さが全く違う。原因は、テレビが台の上に載っていたが、この周りで小学生が遊んでいて台を倒し、テレビが小学生の上に落ちて死亡したというものである。
原因は、この台がプロジェクター用であったことである。プロじゃクターはテレビに比べて圧倒的に軽い。従って下のキャスターの広さも実に狭い。これにテレビを置くことの危険性は一目両全である。だが先生は置いてしまった。更に小学生なら友達に追いかけられてこの周りで走る事は普通なら予測できる。ガキ大将だった私なら確実にやっている。しかしこの先生は予測できなかった。・・・・・・一目見れば分かるだろう、これがいかにアンバランスで危険なことか。これに前後してどうして見ただけで危険を予測できなかったのかと思われる事故が多発していた。今でも同じである。横断歩道で待つ間、車道ギリギリに立って青信号を待つ姿。危険だとは思わないのか。許せないのは乳母車を車道ギリギリに止め、自分は安全な後ろにいる母親。本当に子どもの事を考えているのか。もし母親に通行人がぶつかり乳母車が車道に押し出されたらどうするのか。スマホに夢中になりいつのまにか乳母車が車道に出ていたらどうするのか。・・・・・事故がおきたら多分全て人のせいにして、「私の大事にしていた赤ちゃんを返せ」と泣き叫ぶことだろう。しかし到底この母親は赤ん坊を大切にしているとは思えない。
私は、現代人は安全の中に暮らしており、危険を察知する。もしくは危険を避けようとする能力が著しく欠如しているとしか思えない。赤ん坊は母親を恨んだことだろう。私はいつか注意を喚起したかったが、今と違い当時簡単な手段がなかった。・・・自分は悪くない、相手がわるいんだ。・・・・しかし死んだ人で「相手が悪い、責任は相手にあるんだ」と主張するのを聞いた事はない。死んだ人は多分自分の間抜けさを反省していると私は考えている。

今回の消臭スプレーについて考えてみよう。

私は、美容室を人手不足で5年ほど前に廃業した。この時業者から大量にもらった小型スプレーがあった。何かのイベントに使おうと考えていたが、そのうち忘れてしまったものである。当時ボンベは穴を開けガスを全て出さなければ捨てる事ができない。手作業でボンベを押し続ける事は到底むりだった。私は5本ずつ入る箱を作り、これにボンベを立て、蓋をすることによってガスを排出する仕掛けを何個か作りガスを排出させた。もちろん屋外である。丸い缶に穴を開けるのは難しい。しかし箱には缶に合わせて釘穴が空いており、この穴をピックで突き刺し、いとも簡単に穴を開けて処理した。・・・仕事って道具を作る事なんです。・・・・大工なら鉋をよく研ぐとか。・・・・料理番組を見ていると、時々切れない包丁を使って、食材を押しつぶしている料理家が見受けられる。妻は切れる自分の包丁と比べて笑っている。

さて本題である。

ガス放出場所
札幌は広い近場には自然が多い、人がいない河川敷など近所にいくらでもある。まだ雪も少ないのに、どうして河川敷に行かなかったのか。見られるのが嫌ならば林もたくさんあるではないか。死体を捨てに行くわけではない。普通サイズのスプレー缶120本、匂いも出る。それを繁華街のど真ん中で。言っては悪いがぼろビルである。火災の危険性は、住宅仲介のプロならば知っていて当然である。・・・・消防から2016年以降6度も注意を受けたという危険なぼろビル。火災が起きれば特に危険である。持ち主も入居者もそろって危険を無視している。近所迷惑な話である。・・・・・一般家庭なら、屋外かベランダ。

ボンベ爆発の危険性
私はボンベに穴を開ける時、爆発するという前提の元に穴あけをしている。・・・・・皆さんも爆発するんだと思い、ガスは完全に抜ききってから穴あけをして下さい。多分穴を開けた時、スパッと穴が開けばよいが、こすられながら穴が開くのは危険だと思う。・・・・これを防ぐために、5本爪の熊手を使い、確実に一発で穴を開ける。もしくはサンダルをはかせて回転を止め確実に穴を開けるなどの工夫をしています。

可燃性ガスが入っているとは思わなかった。
思わなかったのは確かであろう。しかし可燃性のガスが入っているのが普通である。常識である。やるならばなぜ説明書を確認しなかったのか。・・・・・私はかってバーベキューで火の付が悪いとき、時々ガススプレーを使って火に勢いを付けていた。それほどの火力である。(ヨイ子の皆さんは真似をしないように)・・・・・燃焼が目的のものならば異臭が混ざっているが。そうでない物は不愉快な異臭など入っていない。

大量のガスの危険性窒息
可燃ガスが入っていなくとも、室内である。大量のガス放出を想定して安全基準を作っていない事は明らかである。大量のガスを放出すれば酸欠の危険性がある事は当然である。・・・・・・ヘリウムガスの吸いすぎを思い出さなかったのか。

有毒性
消臭剤と言えども、化学物質や有害な成分が入っている事は間違いない。その使用量がすくないから認められているだけである。・・・・例えば防水スプレー、これが肺の中に入るとやはり危険だそうである。私の妻は「だから玄関の戸を開けてスプレーしている」主張している。・・・・・どれだけ空気が入れ替わるのか、危険だから外でかけた方が良いと忠告したが「あんたの靴もやってあげているんだから」と逆切れされた。・・・・健康を心配して言ってあげたのに。もしかしたら引火するかもしれないでしょう。


スマホの危険性
スマホでニュースをみていると、どうしても自分の見たいものだけを見てしまう。情報が偏るのである。あれだけ必死にスマホを見ていても、何の役にも立たなかったことが今回の事故でよくわかった。ぜひ新聞や普通のテレビニュースも見てもらいたい。

jinnseiーokina(人生翁)としての提言
現代人が、危険に対する認識が甘い・・・・というより感知する能力が低下していると指摘したい。自分は感知能力が落ちているが、危険の中に生きているという認識を常に持ってもらいたい。相手を非難しても死んだら終わりである。

こんなに危険信号出ていたのに店長どうしたね。「魔に魅入られる」まさにこの言葉がぴったりである。死人が出なかったのは幸いである。店長さん、来年1年頑張れば又新しい未来が開けます。処理に頑張って下さい。・・・・俺の多くの知識は、多くの失敗の上に成り立っている。正月が来れば問題が解決しているだろうと何度も何度も頑張った。そして今の俺がある。・・・今回の正月は目の前で無理でも、来年の正月には解決している。33歳、人生始まったばかりである。猟銃で誤射し人を殺してしまい、もっと最悪な正月を迎えた人もいる。あなたはどじったが、実力はあるんだろう。人生やり直して欲しい。


2019年1月18日 追申
過スプレー缶放出のさい、従業員が「店長くさいから止めて下さい」と、止めたと報道された。しかし今考えて見ると、3人もいながら誰一人として、臭いと言う現状しか理解できず、爆発の危険性に思い至らなかった事が恐ろしい。
よく学校の勉強は実社会では役にたたないと言っている生徒(高卒なので)や大人がいたが、今もそうだろうか。私の思うところでは、試験勉強の勉強であって勉強が身についていなかったと言いたい。この三人も勉強が全く身についていなかった証拠である。ブログで「中学で三角関数を教える必要がない、社会に出て使う人は1%くらいだから」等と主張した馬鹿がいたが、私など中学校での勉強が社会に出てどれだけ役にたったか。・・・・・大学をでて、知識を記憶から呼ぶことができても、使う事の出来ない大学卒がいかに多いか。・・・・・おい大学生諸君、知識があってもそれはクイズ番組に役立つだけだ。学問は使ってなんぼである。・・・・・勉強は上っ面ではなく、しっかり身に付けろ。
・・・・・タイトルにした「危険を感知できない現代人」・・・・その通りではないか。

夕方にブログを見たら、こんなのがあった。

「大学で学ぶようなことは仕事に役立たない。それより偏差値が大切だ」。企業の人事担当者は、ときにこんなことを口にする。だがそれは事実ではない。東京大学の濱中淳子教授は「データを見る限り、大学での学びは所得の向上をもたらす。『大学教育は役立たず』という人ほど、学生時代に意欲的に学ばなかった人である可能性がある」と指摘する――。

・・・・要するに私と一緒の主張である。しっかり勉強しないから役に立たない。




私の素人裁判「株式会社オカザキヨット裁判」も読んで下さい。業者は裁判でどれだけ嘘を言い続けるか。その結果どういう判決がでたか。・・・参考になると思います。
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   正しかった日本の年功序列システム


不平を叫ぶ大卒者
大学卒業生が会社に入ってくると、「実力も無いのに年齢が高いと言うだけで給与が高いのはおかしい」と文句をいう者が大勢います。しかしその恩恵を最大限に受けてきたのが大学生である。高卒の私にとっては、贈与税も払わずに親から学費と言う贈与を受け、更にその恩恵は「仕事も出来ないのに我々より高い給与」という形で現れる。これをおかしいとは思わないのか。目立った活躍も出来ない中高年が高い給与をもらう。一見おかしいと思うが。その給与で「実力も無いのに年齢が高いと言うだけで給与が高いのはおかしい」と不平を並べる君たちを大学へ通わせることが出来たのです。
賢い経営者側は「そうだそうだ」とさも理解した様に見せかけ、実力主義を実施する。経営者側が、何の理由もなく実力主義を取り入れる分けかない。実力主義に見せかけた、賃金抑制である。大卒者が不平を述べるその理由を利用して、昔低賃金で使われていた事に対する報酬を今受取ろうとする中高年の賃金を抑制した。まんまと会社側は支払うべき報酬を支払わないで済むのである。また、一人のボーナスを倍にして、残り9人のボーナスを下げる事である。私は言いたい。今若い大卒者もいずれ中高年になって、その安いボーナスを受け取る側になってしまうのである。実力は比較の問題である。実力社会において、10人いれば実力のある人は一人である。残り9人は仕事の成果に関係なく実力が無いと判断される。大将はあくまで一人である。・・・・・「実力主義」心の中ではそう思っているが、自分を含め、実力のある者などほとんどいない。小さな知恵の寄せ集めが大きな成果を呼び「その成果は俺の成果だと一人占めしたい」者が叫ぶだけである。


横道編
大卒って何なの。彼らが入って来たので、事務所の模様替えをした。机の上に10キロくらいの卓上コピー機が置いてあった。このコピー機を移動するよう、新人に指示した。彼は一生懸命押して移動させようとするのである。ついに「このコピー機動きません」と根を上げた。私は可笑しくなつた。私はひょいと持ち上げてずらした。その時の驚いた様子が今も可笑しい。
私がよくヨットで行った与那国島。ここの小学校でプロジェクターの台の上にテレビを上げ、これが倒れたため小学生が下敷きとなり、死亡した。軽量のプロジェクターと子供が死ぬほどの重みのあるテレビ。私なら考えなくとも直感で危険だと思ってしまう。大卒者によるこんな事は枚挙にいとまがない。生活感が全く無いのである。こんな者が「実力主義」を叫ぶのである。・・・・???

賃金の男女平等
男女平等と叫ぶ、それはいいだろう。しかし給与も男女平等にしろという。果たして、今まで男性の給与が高かった事が不平等なのか。昔は、男性の給与が高く女性の給与は一段低かった。当然男性の給与が高くて当然であった。だが女性でもきつい仕事をやり遂げる女性は、それなりの給与をもらっていた。男女平等を声高に騒ぐ女性は、その実力も無く、男性と互角に渡り合えないのに、ただ平等の名の元に実力以上の給与を受け取ろうとしているにすぎない様に思う。男社会と今まで叫んで非難していたが、男社会のどこが悪いのか。それは実力で勝ち取ったものである。女性も仕事が出来ないのに、給与の男女平等を叫ぶ。これこそ不公平ではないのか。
・・・・・実力とは「頭脳と腕力の集合体」である。女性に実力があるとは思えない。
会社側は、これを利用して金をもうけようとたくらむ。即ち労働力としての利用であり、家庭生活を破壊する行為と引き換えに富を得るのである。その富を得るのは働く女性ではない。使う側、即ち資本家側が富を得、女性は多くの犠牲(家庭を壊す)と引き換えにわずかに増えた賃金を得る事になる。
給与の高い低いは相対的なものである。女性の給与が上がったという事は、男性の給与が下がったという事である。即ち、女性の給与が上がる事により、当然物価も上昇する。
家庭生活において、お父さんの給与が下がるという事は、子供たちに大きな影響を及ぼす。即ち女の子は、奇麗な服を着れなくなると言う事である。女の子も女性である。自分が、父親、即ち男性の給与が高い事の恩恵を受けて育った女性が、男女の賃金格差を非難するのである。私は言いたい「お父さんの給与、安い方がよかった。女性の給与を上げるべきだった」と女の子は主張するのか。

横道編
男の方が給与が高かったので、結婚して無駄を省けば夫だけの給与で生活で来たのである。これが女性にとって悪いことなのか。私は、一部の働く女性のためだけに利用されていると言いたい。私の会社のたった一人の女子従業員も「女性より夫の給与が高い方が良い」とのたまっている。やはり夫の給与が安かったので、給与の高い彼女が子育てに入ると大変だったろう。

私 事
年功序列はおかしい、実力主義で行くべきだと超え高に叫ぶ。私は高卒で気ままな会社生活を送って来た。ディラーへ出向し、2年死に物狂いで働いて、1~2年本社でのんびりと、女子社員でもできる仕事をし、再び問題山積みの赤字ディラーへ出向する。このパターンの繰り返しである。そのため、社内資格の昇格も、ディラーでの実績だけである。私のやり方は「抵抗の無いように、少しずつ良くする」ではない。私の持論は「1歩進んで2歩下がる」、「クレームから逃げれば、更に噛みつかれる」(クレームが多く、先輩のクレームで次々社員が辞める)これが持論である。即ち時間をかけると更に悪くなるという事である。抵抗を避けるため、徐々に改善するのではなく、一挙に体制を変えてしまうのである。
私は在職中、本社での暇な時間を利用して、従業員一人の不動産会社を立ち上げ、一応成功を収め、退職後はその会社から給与と地代をもらい、ヨットと広い家庭菜園で百姓をして遊んでいる。「俺が野菜を作って食べさせるから、お前は金を稼げ」と常々たった一人の従業員に言っている。「物を作らない人間は評価しない」も私の自論である。バツイチの息子と二人、百姓仕事に励んでいる。誰か嫁に来てくれ。ただし酒乱の嫁はこりた。
ディラーへ出向して失敗した人間が大勢いる。しかし、仕事に萎縮しない様にと「ディラーでの失敗は許す」と言うのが、暗黙のルールらしい。こんな人間が、結構本社にいて、全国のディラーの営業指導を行う。・・・・・おかしくありませんか。成功する分けがない。成功しなかった。失敗した人間は戦う方法を知らない。だから失敗したのである。彼らは他社と戦わず隙間、隙間を探し出し、無競争で受注を得る方向に走った。隙間などたかが知れている。いつか全て埋まってしまう。その結果正面から戦うノウハウを失い、せっかく一部上場会社になったにもかかわらず、バブルの倒壊と共に、銀行から、関係のない借金まで山積みにされて、身売りさせられてしまった。
なぜ、出向したディラーでことごとく成功させた私を、本社経営陣は有効利用しなかったのか。自分で会社を興し成功させた私を利用しなかったのか、残念でならない。「競争力を失うから、給与をディラーに近づけろ」即ち、給与を下げるべきだと言っていたのが響き、悪い評判を立てられたか。
多分私が高卒だったせいでもあろし、出世欲がないので、本社に人脈を作らなかったことも大きな原因であろう。「人脈作り」高卒にとっては一番苦手なジャンルだろう。ついに平社員のままで会社を退職した。退職の日、人事で「定年は63歳になったのではありませんか」ととぼけたが、やっぱりだめだった。自分の会社もあるので、失業保険一回ももらわずにサラリーマン生活を終えた。

年功序列
私は、子供の頃よくケンカをした。勝つ極意は、相手の土俵で相撲をとらない。即ち自分に有利な地の利で戦う事である。
昨今の日本では国際化、国際標準等と声高に叫ぶやからが多い。それはそれで正しいだろう。日本の市場はおかしい、国際化していない等と言えばすぐ同意してしまう。私の時代の者からいわせれば西洋かぶれである。表面は国際化でも、内容は年功序列。それでいいではないか。それが自分の土俵で戦うという事である。
年功序列制度をまるで実力主義ではない様に主張する者がいる。それはそれで一部だけ正しい。なぜ一部だけかと言うと、実力もないのに、年功だけで出世できる分けではない。簡単に言えば同年代の代表だけが出世するのである。従って私のように平社員のまま定年を迎えるのがほとんどである。
年功序列による出世は二通りある。まず「実力がある」、ガンガン仕事をし、部下を引っ張って行く。もう一方は「部下をまとめる能力」がある。この二種類である。しかし実力があるタイプは関心しない。一人の力などたかがしれている。そのため部下に自分と同じ実力を求める。有名になった電通の古田秀雄社長の「鬼十則」である。社員を自殺に追い込んだ電通の遺訓である。電通に言いたい。「鬼十則」を実行したら全員社長にしてくれるのか。できる分けがない。過酷な労働の代償は、自殺に追い込まれただけだった。上司が「仕事大変だろうが頑張って」と優しい言葉をかけてやれなかったのか。そういう上司が後者のタイプである。ガンガンやるタイプは結局部下を潰してしまうのである。(何故潰すのかのちほど)。一方人をまとめるタイプの上司は自分の実力の限界を心得ており、部下の意見を採り上げて実績を上げるタイプである。
私は子供の頃騎馬戦の猛者であった。勝つ秘訣は、強い者が馬になり、弱い物を乗せるのである。馬が弱ければ結局潰されるからである。(当時の騎馬戦は、鉢巻き取りではなく、乗り手を落とす事であり、そのため体当たりで次々と馬を潰し、それは勇壮な物であった)
上司が活躍するのではなく。部下が神輿(上司)を担ぐのである。私は新人の頃よく上司から「自分が仕事をしてもたいした事はない。それよりも部下を遊ばせない様にする事である」と教えこまれた。要するに自分がいくら頑張っても、部下が遊んでいては、そちらの方が損害が多いという事である。

実力主義の弊害
実力主義は、人件費削減という不純な動機から採用された。即ち考えの浅さを利用された分けである事は、前記した。私は平で一生を終えたが、部下が課長になり、今までの課長が部下になってしまった人を何人か知っている。降格させられた課長は確かに実力が無い。「出世しない様に部下を蹴落とす実力が無かった」と言いたい。即ち部下に仕事を教えるから下克上が起きるのである。下克上で課長になった者、それが自分なら、部下に仕事は教えない。「なんでこんなことも出来ないんだ、しっかりやれ」と部長に声がとどくように発破をかける。ようするに部下を指導しているように見せかけるのである。これが下克上を起こさせない秘訣である。
この様な事は、日本人が世界に誇る「和の団結心」を大いに損ねてしまう。下克上の危険がある部下の発想は徹底的に潰してしまう。こんな事でいいのか。会社では勝者でも、会社の実力は落ち、外国との競争では破れてしまう事だろう。
若くして出世してしまう者も可哀そうである。営業成績がよいからと出世しても、人生の何たるかを知らない若者が部下を率いて行くのは難しい。そのような上司では、部下も積極的に足をひっぱり、結局潰れてゆくのが大半である。
又、若くして出世する者が多い会社は、学生にとっては魅力的に映るらしい。しかしそれは違う、入社したとたん、頭に重しを乗せられたような物である。何故なら上司が若いと出世の目が全くないからである。「この会社は年寄りばかりで駄目だ」と言う学生がいるが、全く違う。これはチャンスが多い会社だと言える。彼らはもうすぐ定年を迎えるのだから。いずれポストはどんどん空いてくる。将来が開けているのである。

日本には日本人としての戦い方がある。年功序列あなどるなかれ。



 私の素人裁判「株式会社オカザキヨット裁判」も読んで下さい。業者は裁判でどれだけ嘘を言い続けるか。その結果どういう判決がでたか。・・・参考になると思います。
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