jinnsei-okinaのblog

多趣味な男です。人のやっていることを見ると、なんでもやりたくなる。最後の趣味がヨット。趣味で忙しすぎて、これ以上増やせば仕事をしている時間がなくなると思い、避けていましたが、50代の時、会社で干されたのをチャンスに一級船舶免許を習得。免許習得とともに、カタリナ320を購入、翌年着岸も満足にできないのに日本一周などしてしまいました。2度のリストラをかいくぐり(石油ショック・バブル)ついでに自分で会社まで作ってしまいました。この間二つの会社から給与をいただき、無事定年退職。現在カタリナ350で自由気ままな人生を送っています。

カテゴリ:社会問題 > 事故

鉄道会に社責任はないのか
2019年9月5日 神奈川県京急踏切事故

私は、この踏切事故をテレビで見て。又、全ての責任を哀れな運転手の責任にするのだろうと思い、怒りを感じて筆をとりました。

鉄道が走り始めたころ、開かずの踏切など考えただろうか。鉄道が通る便利になる。都市住民が周辺の町に住む。満員電車が増える。解消のため便を増やす。通勤しやすくなったので、又都市住民が増える。満員電車が増え、増発するの繰り返しではなかったか。・・・・こんな事誰が想像しただろう。
際限なく列車を増やし、街を遮断する権利が鉄道会社にあるのだろうか。
増やさなければ、周辺住民も増えず、無茶な運行をする必要がなかったのではないか。踏切を120Kmもの猛スピードで通過する。それにも関わらず大した対策が取られていないと感じた。
電車の運転手、はたして信号を正しく読み取ったのだろうか。それに人が死ぬ事故なのに、信号機にランプが点だけ。あまりにも緊迫感の欠けた信号である。

私は以前から、踏切の幅の狭さを痛感していた。道路の幅と踏切の幅はほぼ同じなのである。こんな幅で緊急時に避難できるのか。ただの道路とは違う、急いで入って急いで出る。それなのに道路と同じ幅、今まで疑問に感じた事はなかったのか。もしこの踏切の幅が倍あったらどうなるのか。この運転手は助かったのではないだろうか。絶対助かったと思う。

この踏切は欠陥踏切である。
この道は、大型車両通行止めだったのだろうか。もしそうでなければ、この車が通れるだけの拡幅が踏切側になければ、それは欠陥踏切だと思う。・・・・欠陥だと断言する。鉄道は全ての踏切事故を一般大衆の責任にして、国民を騙して来たのではないか。警報は付けてある。それで逃げる気なのか。一旦事故が起きれば全て国民の責任にし、残された家族から莫大な慰謝料をとってきたのではないか。
開かずの踏切でも、もっと幅を広げれば多くの人がスムーズに渡れるはずである。広ければこのトラックも回転して踏切を無事横断で来た事は間違いない。踏切=人命軽視していい場所この事実を断ち切らねばならない。120Kmのスピードには、そのスピードに相応しい安全対策が必要である。多くの人に支えられている鉄道。しかし鉄道会社は、安全に注意しているまねごとをし、平気でお客をひき殺す。・・・・もっと踏切を広げるだけで多くの人命が救えるんだ。俺に聞け、俺が踏切の作り方教えてやる。

トラックの運転手さんの冥福を祈ります。・・・・人口減少日本の悲しい事故でした。


「オカザキヨット裁判」も読んで下さい。裁判所の判決がいかにひどいものか皆様に考えて欲しいと思います。民事で、偽証罪が認められたことが無いのを利用し、明らかな偽証で貴重な尋問時間をつぶされ。それを注意しようともしない裁判官。・・・・・だから悪徳業者は減らないんだ。
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2019年9月6日 追申
こんな記事乗っていた。

・・・・・・輸送力を上げることと安全性はいつも両天秤にかけられる」と指摘する。


 今回の事故では、踏切に障害物を感知する装置があり非常停止ボタンも押されていた。梅原氏は・・・・・

私は住宅会社で多くのクレームを扱ってきた。その経験から言えば、お客の使い方のせいにしていては何時までもクレームは減らないということである。更に言えば、今までクレームとは言えないことでも、時代と共にその基準は変わるんだ。一旦苦情を聞き、次回に建設する時、それに対応しなければそれは瑕疵であるという考え方である。
原発を見ろ。津波の恐れがあると提言を受けたにもかかわらず、積極的に対策を推し進めなかったため、大事故になったではないか。
この鉄道ジャーナル。単に鉄道お宅で鉄道の立場を代弁しているだけではないか。事故を減らそうと言う気構えがない。鉄道会社はいつ踏切の幅が狭すぎると言う問題を解決するんだ。実際に人が死ぬにはそれなりの原因があるんだ。いつまでもなくならないのは、もう横断する人の問題ではなく、事故がおきているのに、その原因を分析せず、いたずらに死人に責任を被せる。これでは立体交差にしない限り事故は減らない。違いますか。・・・・・・・・輸送力をあげる。上げ過ぎだろう。・・・・・・・・・上げるたびに一層の安全対策をなぜ取らないのか、この点が非難されるべきである。

「注意する・注意する・注意する」この言葉が大嫌いである。人間の本能に基ずき「自然に行う事=事故がおきない」このような配慮が全くされていない。現代社会はとくに著しい。



札幌市のガススプレー爆発事故で思う事

危険を感知できない現代人
私は昔からたびたび危険な目に会い、運よく生き残って来た。だからこのブログを書いている。今回の事故では死者が全く出なかった。大してけが人もいなかった。私は思わず「奇跡だ」と叫んだ。・・・・あの破壊状況から見ると眞に奇跡である。この事故にあった人たちは本当に運が良い人たちである。きっと長生きできるだろう。一日も早く普通の生活にもどれるよう祈っています。
私がこのブログを書きたくなった原因は、かなり昔、25年位たつだろうか。日本の南端「与那国島」の小学校で教育用テレビの下敷きになって死んだ小学生を思い出したからである。当時はブラウン管テレビ。液晶テレビとは重さが全く違う。原因は、テレビが台の上に載っていた。この周りで小学生が遊んでいて台を倒し、テレビが小学生の上に落ちて死亡したというものである。
原因は、この台がプロジェクター用であったことである。プロじゃクターはテレビに比べて圧倒的に軽い。従って下のキャスターの広さも実に狭い。これにテレビを置くことの危険性は一目両全である。だが先生は置いてしまった。更に小学生なら友達に追いかけられてこの周りで走る事は普通なら予測できる。ガキ大将だった私なら確実にやっている。しかしこの先生は予測できなかった。・・・・・・一目見れば分かるだろう、これがいかにアンバランスで危険なことか。これに前後してどうして見ただけで危険を予測できなかったのかと思われる事故が多発していた。今でも同じである。横断歩道で待つ間、車道ギリギリに立って青信号を待つ姿。危険だとは思わないのか。許せないのは乳母車を歩道ギリギリに止め、自分は安全な後ろにいる母親。本当に子どもの事を考えているのか。もし母親に通行人がぶつかり乳母車が車道に押し出されたらどうするのか。スマホに夢中になりいつのまにか乳母車が車道に出ていたらどうするのか。・・・・・事故がおきたら多分全て人のせいにして、「私の大事にしていた赤ちゃんを返せ」と泣き叫ぶことだろう。しかし到底この母親は赤ん坊を大切にしているとは思えない。
私は、現代人は安全の中に暮らしており、危険を察知する。もしくは危険を避けようとする能力が著しく欠如しているとしか思えない。赤ん坊は母親を恨むことだろう。私はいつか注意を喚起したかったが、今と違い当時簡単な手段がなかった。・・・自分は悪くない、相手がわるいんだ。・・・・しかし死んだ人で「相手が悪い、責任は相手にあるんだ」と主張するのを聞いた事はない。死んだ人は多分自分の間抜けさを反省していると私は考えている。赤ちゃんなら母親のうかつさを恨んでいることだろう。

今回の消臭スプレーについて考えてみよう。

私は、美容室を人手不足で5年ほど前に廃業した。この時業者から大量にもらった小型スプレーがあった。何かのイベントに使おうと考えていたが、そのうち忘れてしまったものである。当時ボンベは穴を開けガスを全て出さなければ捨てる事ができない。手作業でボンベを押し続ける事は到底むりだった。私は5本ずつ入る箱を作り、これにボンベを立て、蓋をすることによってガスを排出する仕掛けを何個か作りガスを排出させた。もちろん屋外である。丸い缶に穴を開けるのは難しい。しかし箱には缶に合わせて釘穴が空いており、この穴をピックで突き刺し、いとも簡単に穴を開けて処理した。・・・仕事って道具を作る事なんです。・・・・大工なら鉋をよく研ぐとか。・・・・料理番組を見ていると、時々切れない包丁を使って、食材を押しつぶしている料理家が見受けられる。妻は切れる自分の包丁と比べて笑っている。

さて本題である。

ガス放出場所
札幌は広い近場には自然が多い、人がいない河川敷など近所にいくらでもある。まだ雪も少ないのに、どうして河川敷に行かなかったのか。見られるのが嫌ならば林もたくさんあるではないか。死体を捨てに行くわけではない。普通サイズのスプレー缶120本、匂いも出る。それを繁華街のど真ん中で。言っては悪いがぼろビルである。火災の危険性は、住宅仲介のプロならば知っていて当然である。・・・・消防から2016年以降6度も注意を受けたという危険なぼろビル。火災が起きれば特に危険である。持ち主も入居者もそろって危険を無視している。近所迷惑な話である。・・・・・一般家庭なら、屋外かベランダ。

ボンベ爆発の危険性
私はボンベに穴を開ける時、爆発するという前提の元に穴あけをしている。・・・・・皆さんも爆発するんだと思い、ガスは完全に抜ききってから穴あけをして下さい。多分穴を開けた時、スパッと穴が開けばよいが、こすられながら穴が開くのは危険だと思う。・・・・これを防ぐために、5本爪の熊手を使い、確実に一発で穴を開ける。もしくはサンダルをはかせて回転を止め確実に穴を開けるなどの工夫をしています。

可燃性ガスが入っているとは思わなかった。
思わなかったのは確かであろう。しかし可燃性のガスが入っているのが普通である。常識である。やるならばなぜ説明書を確認しなかったのか。・・・・・私はかってバーベキューで火の付が悪いとき、時々塗料のガススプレーを使って火に勢いを付けていた。それほどの火力である。(ヨイ子の皆さんは真似をしないように)・・・・・燃焼が目的のものならば異臭が混ざっているが。そうでない物は不愉快な異臭など入っていない。

大量のガスの危険性窒息
可燃ガスが入っていなくとも、室内である。大量のガス放出を想定して安全基準を作っていない事は明らかである。大量のガスを放出すれば酸欠の危険性がある事は当然である。・・・・・・ヘリウムガスの吸いすぎを思い出さなかったのか。窒息する恐れがある。

有毒性
消臭剤と言えども、化学物質や有害な成分が入っている事は間違いない。その使用量がすくないから認められているだけである。・・・・例えば防水スプレー、これが肺の中に入るとやはり危険だそうである。私の妻は「だから玄関の戸を開けてスプレーしている」主張している。・・・・・どれだけ空気が入れ替わるのか、危険だから外でかけた方が良いと忠告したが「あんたの靴もやってあげているんだから」と逆切れされた。・・・・健康を心配して言ってあげたのに。もしかしたら引火するかもしれないでしょう。


スマホの危険性
スマホでニュースをみていると、どうしても自分の見たいものだけを見てしまう。情報が偏るのである。あれだけ必死にスマホを見ていても、何の役にも立たなかったことが今回の事故でよくわかった。ぜひ新聞や普通のテレビニュースも見てもらいたい。

jinnseiーokina(人生翁)としての提言
現代人が、危険に対する認識が甘い・・・・というより感知する能力が低下していると指摘したい。自分は感知能力が落ちているが、危険の中に生きているという認識を常に持ってもらいたい。相手を非難しても死んだら終わりである。

こんなに危険信号出ていたのに店長どうしたね。「魔に魅入られる」まさにこの言葉がぴったりである。死人が出なかったのは幸いである。店長さん、来年1年頑張れば又新しい未来が開けます。処理に頑張って下さい。・・・・俺の多くの知識は、多くの失敗の上に成り立っている。正月が来れば問題が解決しているだろうと何度も何度も頑張った。そして今の俺がある。・・・今回の正月は目の前で無理でも、来年の正月には解決している。33歳、人生始まったばかりである。猟銃で誤射し人を殺してしまい、もっと最悪な正月を迎えた人もいる。あなたはどじったが、実力はあるんだろう。人生やり直して欲しい。


2019年1月18日 追申
過スプレー缶放出のさい、従業員が「店長くさいから止めて下さい」と、止めたと報道された。しかし今考えて見ると、3人もいながら誰一人として、臭いと言う現状しか理解できず、爆発の危険性に思い至らなかった事が恐ろしい。
よく学校の勉強は実社会では役にたたないと言っている生徒(高卒なので)や大人がいたが、今もそうだろうか。私の思うところでは、その様に主張する人たちは、試験勉強の勉強であって、知識が身についていなかったと言いたい。この三人も勉強が全く身についていなかった証拠である。ブログで「中学で三角関数を教える必要がない、社会に出て使う人は1%くらいだから」等と主張した馬鹿がいたが、私など中学校での勉強が社会に出てどれだけ役にたったか。大学生の知識は高校生レベル。高校生のレベルは中学生。・・・・・大学をでて、知識を記憶から呼ぶことができても、使う事の出来ない大学卒がいかに多いか。・・・・・おい大学生諸君、知識があってもそれはクイズ番組に役立つだけだ。学問は使ってなんぼである。・・・・・勉強は上っ面ではなく、しっかり身に付けろ。
・・・・・タイトルにした「危険を感知できない現代人」・・・・その通りではないか。

夕方にブログを見たら、こんなのがあった。

「大学で学ぶようなことは仕事に役立たない。それより偏差値が大切だ」。企業の人事担当者は、ときにこんなことを口にする。だがそれは事実ではない。東京大学の濱中淳子教授は「データを見る限り、大学での学びは所得の向上をもたらす。『大学教育は役立たず』という人ほど、学生時代に意欲的に学ばなかった人である可能性がある」と指摘する――。

・・・・要するに私と一緒の主張である。しっかり勉強しないから役に立たない。言い訳だけはしっかりと学んでいる。

2019年11月24日 追申
足場の鉄パイプで死亡事故

工事現場で、足場の解体で、手を滑らし足場パイプが落下。下にいた通行人が死亡した。・・・・この人何の苦情も言っていない。それよりも、あの世で自分のうかつさを嘆いている事だろう。
どうして、工事現場のそばなんだから注意しながら歩かなかったの。歩道は車道側を歩かなかったの。申し訳ないけど、貴方の不注意が招いた事故ですよ。人のせいにはしないで下さい。
なぜ貴方みたいな不注意な人が、足場の解体していると考えなかったの。・・・・・運よく生き残っているいる人に伝えたい。死んでしまえば、絶対文句言えませんよ。


私の素人裁判「株式会社オカザキヨット裁判」も読んで下さい。業者は裁判でどれだけ嘘を言い続けるか。その結果どういう判決がでたか。・・・参考になると思います。
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